2020
13
Aug

百合小説

18禁創作百合エロ小説 ビッチ貴族×平民童貞なファンタジー系(ハイエナ)

Kindleから出版予定の18禁創作百合エロ小説「ネコさまのワンコちゃん~だから死亡フラグ立てないでくださいって言ってるじゃないですかっ!~(仮題)」を出版開始まで、全体の四分の三ほど掲載します。
出版開始まではこちらで無料公開しますが、出版後は削除するので、この期間にお楽しみください。

あらすじ

人間の町で生まれ育った半人狼のフューリは、魔王の血統の貴族であるオルナダルファウルスの『飼い犬』に仮採用される。しかしフューリはある事情により、採用を辞退しようと考えていた。そこにオルナダルファウルスが暗殺のターゲットにされているらしいという話が舞い込んで……。

以下、本編。

 


ワンコちゃんと眠れぬ夜

噎せるほど、甘い香りが満ちていた。
ぐん、と鎖を引かれて、僕は目の前の白い足を口に含む。
指の一本一本を舐り、整った爪の形を舌先でなぞる。
抵抗感は感じない。
代わりに、ミスをすれば首が飛ぶ、という緊張感が、喉の奥で渦巻いていた。

「はぁ……。もう良い、やめろ」

苛立った声にギクリとして口を離すと、声の主は、僕の首輪に繋がった鎖を強く引いて、ぐっと顔を近付ける。

「いつになったらマシになるんだ、この駄犬が」
「も、申し訳ありません……、オルナダ様……」

ギラギラと睨みつけてくる真っ赤な目に、僕は思わず、耳を伏せ、尻尾を丸めて、脚の間に挟み込む。
目の前の不機嫌な顔は、身体が縮むかと思うほど、恐ろしかった。
でも、目を逸らすことはできない。
整った輪郭、薄い唇、尖った耳、流れるような黒髪に、ミルクのような肌。そのどれもが、息を飲むほど、美しいためだ。
固まったまま動けずにいると、オルナダ様は、ふん、と鼻を鳴らして、「そこへ寝ろ」と、また鎖を引く。
僕は指示に従って、オルナダ様が腰を下ろしているベッドへ登ろうとする。
けれど、首輪の鎖の反対側は、ベッドの足に繋がっていて、上へ乗るには長さが足りない。
仕方なしに冷たい床で仰向けに寝そべると、オルナダ様は、

「ベッドにも乗れないか? まぁ、雑種にはお似合いだがな」

と、どしりと僕の腰の上に、馬乗りに座った。
べちょり。
オルナダ様の脚の間から生えた、濡れた産卵管が、お腹に張り付く。その甘い香りと、とろけるような感触に、僕の脚の間の同じ器官が、じんじんと疼く。

「ヘタクソのくせに、一丁前に発情はするんだな」
「す、すみません……」
「謝るヒマがあるなら、楽しませろ」
「は、はい……」

僕は脚の間から管を引っ張り出して、オルナダ様のそれと、こすり合わせようとする。だけど、さっきまでお腹に乗っていたはずの、オルナダ様の管が見当たらない。
おろおろとしていると、オルナダ様はニタリと意地の悪い笑みを浮かべて、僕の管を掴む。

「あっ、わっ! そ、そんな……、に、握ったら、ダメです……っ」
「お前がトロいのが悪い。飼い犬が主を待たせるもんじゃないぞ」
「で、でも……っ! あッ、ひっ……」

いつの間にか管をしまっていたオルナダ様は、掴んだ僕の管の先っぽで、自分の脚の間の溝を、ぬりぬりとなぞる。
そして、何度か往復させると、ちゅるん、と、蜜壷の中へと埋めてしまった。
肉の襞に飲み込まれた、僕の管は、その瞬間にビクビクと震えだす。先端から卵を含んだ液を放ち、オルナダ様の奥へ、産み付ける。

「ぅあ、あぅぅぅ、んっ……、はふっ」
「よしよし。やっぱお前の使い道はコレしかないな。そら、もっともっとよこすんだ」

オルナダ様は、僕の鎖を引き、上から押し潰すように、腰をすり付ける。甘い香りが、密度を増す。

「……ッひ、あぁッ! オ、オルナダ様ッ、も、もう……、ゆるし……、……ぅ、ぁあッ!!」

背骨が反り返り、管が震え、息をつく間もなく、また、反り返る。
何度許しを乞うても責め苦は止まらず、僕は打ち上げられた魚みたいに、びちびちと跳ねて、ついには、ずるりと、深い闇の底へ落ちてしまった。
ドゴン。
頭を打ち付けた衝撃で目が覚めた。
見上げた先は、見慣れた自室の天井。
あぁ、夢だったのか。
ほっとした僕は、はぁ、と長く息を吐きだした。
起き上がりベッドへ戻ると、昨夜、家中からかき集めてきた、古い新聞が枕の上に散らばっていた。そのうちの一つを拾い上げて、月明かりの下に広げる。
ゴシップの掲載された紙面には、『オルナダルファウルス、大地を引き裂き、大乱交川遊び』の見出しと共に、崖の間の急流をボートで下りながら、裸の人々と絡み合う、オルナダ様のらしき人物が写った写真が載っている。
別の日の新聞でも、『うっかり古代兵器を起動』だの、『新型魔術器実験で山を爆破』だの、『王族を巻き込む乱痴気騒ぎ』だのと、オルナダ様の名前が出ているのは、物騒だったり、猥褻だったりな見出しばかり。
それらを眺めつつ、夢の内容を思い返すと、僕はどうしようもなく、不安な気持ちになる。
このゴシップ常連の魔族、オルナダ様こと、オルナダルファウルス・ギルオウーフ・レ・ギルオウーフ・ヴェンダリオン・ラウ・ガルダーフに、僕は、もしかしたら、たぶん、近いうちに、夢の中でしていたのと同じようなことを要求される。
昨日、幸か不幸か、僕はあの人と、そういう関係性になってしまったのだ。
夢の光景を思い返すほど、荷の重さをひしひしと感じる。
僕には、そういう経験は全くない。それどころか、口づけの経験もなければ、他人の手を握ったことさえない。
生まれてこのかた一度もだ。
そんな僕に、おそらく百戦錬磨であろうあの人を、満足させるなんて、到底無理。どのくらい無理かというと、裸のヒューマーが、山サイズの超大型竜に挑むくらいの無理。いろんな意味で瞬殺されてしまう。
なのに、それなのに、どうしてあの人は、僕なんかを、飼い犬に仮採用したのか。
僕は、単にアレやコレやが未経験というだけでなく、生まれも育ちも、魔族なんかとは相容れない存在だ。試験会場にいた人たちだって、飼い主も、飼い犬候補たちも、みんながみんな、目が零れ落ちそうなほど、驚いていた。
自分でも、何度も考えてみたけど、ただの一つも採用理由が思い浮かばない。
それに、飼い犬を務める自信もない。

「…………やっぱり、明日きちんと辞退しよう」

新聞を散らかしたまま、仰向けになり、長く息を吐く。
飼い犬に採用されることは、この町を抜け出す最高のチャンスだけど、でも、もしかしたら、逆に危険かもしれない。
オルナダ様は、実質国王のような立場の人だから、もしなにか、やらかしてしまったら、追放されたり、処刑されたりする可能性もある。それはとてもとてもマズイ。
それにもし、なんの問題なく、試用期間を終えられたとしても、絶対に本採用にならないだけの理由が、僕にはある。
あまり、他人には知られたくない理由が。
僕は、枕の下に入れていた新聞を手に取り、寝返りを打つ。一番写りの良かった、オルナダ様の写真を眺める。
表情はないけれど、やはり何度見ても綺麗な人だ。
採用を告げられたときの、目の前で動き、しゃべっていたあの人はもっと……。そう考えそうになって、頭を振り、僕は枕に顔を押し付けた。

ワンコちゃんの学院生活

結局よく眠れないまま朝になった。
僕は人目に付かないよう、古いシーツをかぶり、日が昇る前に家を出る。
ひと月前から通い始めた、魔術研究学院都市『イラヴァール・ディアッグ』へ向かい、全力で走る。
イラヴァールは、オルナダ様が荒野に建設した都市で、走って二時間。森を二つと、山を三つ超えて、ようやく到着する場所にある。
怪物にも出くわす道中だし、正直、通うのは厳しいけど、学費さえ労働で支払っている僕に、寮に住む余裕なんてない。近隣で野宿する手もあるが、イラヴァール周辺には強力な怪物も多く、一人では寝込みを襲われたらひとたまりもないし、都市の外側に点在するキャンプは、同種同士で固まっている様子で、潜り込めそうもない。
そのため、早朝から汗だくで労働管理所のドアを叩き、できるだけ多くの仕事をもらって費用を稼ぐのが、通い始めてからの毎朝の日課になっていた。
今日最初の仕事は、魔術砲研究科前の掃除。
白い土壁の建物が並ぶ石畳の通りに、ひとつ、大穴が開き、焦げた壁のある建物があった。昨日、大砲の暴発で、吹き飛ばされたらしい。
通りに散らばった、土壁や柱を一箇所に集めて、細かな破片を清掃用スライムに食べさせれば、仕事は完了だ。
汗の始末をした僕は、シーツを脱いで、学生用の青い制服を羽織った。
シーツをかぶらないでいるのは落ち着かない。けれど、ここでは制服を着ていたほうが目立たずにいられるので、僕はベルトにシーツを括り付けて、仕事に取り掛かる。
壁や柱の撤去は、ヒューマーにはキツイ力仕事だけど、半分人狼の血が流れている僕にとっては、部屋の掃除と大して変わりない。普段通りの体調なら、十分もあれば終わる。
普段通りの体調なら……。
気休めと知りつつ、手ぬぐいで鼻と口を覆って、土壁の残骸を運び始めた。だけど、抵抗空しく、時間と共に、頭が、ふわふわ、くらくらとなっていく。
イラヴァール全体を覆う、甘ったるい匂いのせいだ。
こうなると、段取りを考えられないし、視界も、平衡感覚もおかしくなってしまう。どうやっても捗りそうもなかった。
おまけに今日は、どうも匂いが下半身にも作用している。
脚の間がムズムズとして、昨夜の夢が頭をチラつく。石畳の通路に植えられた木の枝にでも跨って、身体をこすり付けたい。そんな衝動に駆られた。
誘惑に駆られるたび、僕はブンブンと頭を振って、清掃用スライムの鎖を引く。スライムは、道に落ちた破片や土埃を体内に取り込み、全体を取り込んだものから順に、ぷつぷつと泡に変えて、消していく。
僕はその泡の数を数えて、気を紛らせながら、のろのろと掃除を進めていった。

「おい、どけよ。邪魔だぞ、雑種野郎」「視界入んなよ、半獣人」「お前の貧乏、目に沁みるんだよ」

一通り片付け終わった頃、後ろから聞き覚えのある声がした。
同郷で寮生のヒューマーたちだ。
こいつらが外に出てきている。ということは、もう間もなく、講義が始まる時間なのだ。
できれば、もう二三、仕事をこなしておきたかったのに。と、ため息が漏れた。

「おい、いつもみたくコソコソ逃げてみせろよ」「イラヴァールにいるから調子乗ってんのか?」「生意気だぞ、半獣人のくせに!」

ヒューマーの町では、姿を見ただけで悲鳴を上げる者も多いのに、この連中は本当に恐れ知らずだ。
後ろから背中を蹴飛ばそうとする気配がして、僕はサッと身を躱す。
ヒューマーに蹴られたところで、痛くも痒くもない。でも、一着しかない制服が汚れるのは困る。
僕は無言で立ち上がり、先ほどから絡んできている、三人のヒューマーを見下ろす。
同じ顔、同じ体系。髪型も同じ。腰まで伸びた、ふにゃふにゃの茶色い髪を、掻き上げる仕草まで一緒だ。三つ子とはいえ、ここまで似るものなのか、と見るたびに思う。
嫌な連中だし、正直憎いとさえ思うけど、匂いの作用のせいで、飛び掛かりたくなってしまうのが悲しい。

「「「な、なんだよ……、なんか文句あるのかよ?」」」

たぶん僕は、酷く飢えた顔をしてたんだろう。三つ子は、僕と目が合うなり、慌てて後ずさった。
こいつらとは、同じ町で育って、なにかにつけて絡まれてきた。町では見つかればすぐに逃げていたので、目を合わせるのは、これが初めてだ。
小柄だし、よく見れば、可愛いところがないわけではない。三人もいるのだから、一人攫って、味見をするくらい、してもいいんじゃないだろうか? なんて、まともじゃない考えが、頭に浮かんでくるのを憂鬱に感じていると、ポンッと後ろから背中を叩かれた。

「おっす、フューリ。また三馬鹿に絡まれてんの?」

二の腕の後ろから、短いブロンドのヒューマーが顔を出す。

「げ。ヴォンルーフ」「べ、別になんもしてねーよ」「三馬鹿じゃないし」

僕の隣に立ったヒューマーは、シシィマール・ヴォンルーフ。町の領主一族の子で、僕の唯一の友人だ。
三つ子も、それなりに地位のある家の子だけど、力の差は歴然としている。三つ子は、元々小さい身体をさらに小さくして、すごすごと去って行った。

「ったく、あいつら、イラヴァールに来てまで、お前に絡むなんてな。もう腕の一本も、喰ってやったら良いんじゃないか? ……って、なにしてんだ?」
「ごめん。今日、頭にも下半身にもキてて、シシィに飛び掛かったら悪いから……」

僕は、目と鼻を塞ぎ、膝の間に頭を入れて、ぎゅっと丸くなる。
今の僕には、シシィの、よく見なくても整った顔立ちや、すらりとした身体、朝食に食べただろうベーコンとパンの香りも、すべてが毒だ。

「あぁ、魔香酔いか……」

シシィは、そういえばそんなのあったな、みたいな口調で呟く。
半分人狼の僕は、鼻が効き、甘い魔力の匂い、魔香をも嗅ぎ取ることができる。魔力を持たない人間が大多数を占める、ヒューマーの町では気にならなかったが、イラヴァールには、強力な魔力を持つ人々がうようよいて、その人らが放つ強烈な匂いが、全体に漂っている。
その匂いに僕が、酒に酔ったような状態になることを、シシィは魔香酔いと呼んでいた。

「つっても、私に襲い掛かるなんて、さすがにないだろ? やったら追放だろうしぃ~」
「さっきは、三つ子でも危うかった……」
「よし、そのまま丸まってろ」

おちゃらけた問いかけに、呻くように答えると、シシィは猫みたいに、ぴょいと後ろに飛び退いた。

「できれば、馬二頭分くらい離れて……」
「了解。三頭分な」

足音がすたこらと、馬三頭分ほど遠ざかる。
そして四頭分離れたところで止まると、「でさー、飼い犬試験どうだったー?」と、質問を投げかけてくる。
飼い犬というのは、身分の高い人間が、低い人間に、様々な恩恵を与える代わりに、常時付き従わせ、便利に使う制度のことだ。
主な仕事は、身の回りの世話。報酬は飼い主次第だけれど、普通のヒューマーがどんなに足掻いても得られないほどの、金、教育、職、地位などが、なんでもござれで手に入る。
昨日シシィから、そう聞かされた僕は、体力に自信もあるし、と喜んで応募した。
ところが、この”世話”には、”夜のお世話”も含まれていた。
試験会場でそのことを知った僕は、きゅうっと身体が棒切れみたいに縮まるのを感じ、猛烈にシシィを呪ったのだった。

「シシィは! 僕を騙したことについて! なにも言うことないの!?」
「言ったら、受けなかったろー? 執事的な使い方しかしない飼い主もいるって話だしー。町を出るなら、他種族の世話になるのが一番だしさー」
「それわ! そうだけども!」
「それに昔からずーーーっと、一度でいいからヤってみたい、って言ってたろー? そういう試験科目もあるって話だったし……」
「なかったし! できないし!」
「そりゃ残念。で? 結果はー?」

絞り出すような叫びを、シシィは飄々と躱す。
僕は納得がいかなかったけど、シシィの言うことはもっともなので、なにも言い返せない。
ヒューマーの町では、誰とも親密な関係を結べない僕が、肉体的な行為に飢えていたこと。
身売りに等しい制度と聞いていたら、きっと試験すら受けなかっただろうこと。
ヒューマーでも、人狼でもない僕にとって、飼い犬に採用されることは、イラヴァールに通うこと以上に大きなチャンスだってこと。
どれも紛れもない事実だ。
僕は唇を尖らせつつ、

「いちお……、今日から試用期間だけど、でも、辞退するつもりだから……」と、答える。
「はぁぁぁぁぁ!? お前……! 馬鹿言うなよ!! 童貞だからってビビるなって!」と、つんざくような奇声を上げて、大股に歩み寄ってきて、僕を見下ろす。

僕は、「だって、絶対に、本採用にはならないし……」と、ますます身体を丸めた。
シシィは、「やってみなきゃわかんないだろ」とか、「お前なら絶対大丈夫だって」とか、「諦めたらそこで試合終了だぞ!」とか言って、執拗に考え直しを求めてくる。
もちろん僕だって、あの町を出ていきたい。
だけど、飼い主が飼い主だ。
もしも、ヘマをしたり、秘密を知られてしまったら、単純にクビになるだけでなく、イラヴァールからも追い出されたり、処刑されたりする危険がある。
そんなリスクを負うなんて、僕にはとてもできない。

「なんだよ、ヤベー性癖持ってて、夜の相手がキツそうなのか? 審査書類には、ちゃんと童貞だって書いたんだろ? 知ってて仮採用してるんなら、配慮してくれるって!」
「そういうことじゃないんだってば……」
「だから! どういう! こと! なんだよ! 私にも言えないようなことなのか?」

シシィはしゃがみこんで、僕の目を正面から睨む。
聞き方がズルいな、と思った。

「……………………誰にも、言わない?」
「お前の秘密、人に話したことなんかないだろ? お袋さんに内緒で一人で狩りに出てるとか、誰を好きだとか、その首輪のことだろ、それから……」
「わ、わかったよ……」

あっさり説得された僕は、大きく息を吐いてから、ぽそりと、ずっと隠していた秘密を打ち明ける。

「僕、生えないんだ。アレ……」
「は?」
「だから、その、管……。アレ、生えないから、あの……、が、合体が、できなくて……」
「が!? って、あぁ~……、アレか……、なるほど……」

さすがにシシィも納得してくれたようで、がっくり項垂れ、額に手を当てた。
けどすぐに顔を上げて、「いや! でも、そんなの、お前がネコすりゃ解決だろ!?」なんて、名案とばかりに拳を握ってみせる。
僕は膝を抱いたまま、「僕はタチだし、あの人はネコなんだよ……」と、地面に転がる。

「いやいやいや! 指と舌が良ければ、あっちはなくてもOKって人も多いらしいし! でなきゃ、日常でキメ細やかにお世話しまくるとかさ! とにかく、もう手放せない! って思わせられれば……」
「バレたときに怒られるよ。それに、隠すのは不誠実だと思う……。でもできれば、あんまり言いたくないし……」
「それで辞退か……」
「そう」

僕はため息をついて、寝転がったまま、どう辞退したものかを考える。
それでもシシィは納得がいかない様子で、僕の背後でうんうんと唸り声を上げていた。

「なぁ、種族によっては、体格とか文化の違いとかで、生えなくても平気だったりしないか? 妖精とかさ。飼い主、なに族だ? エルフ? オーガ? ドワーフ? 獣人?」

シシィが僕のために、色々と考えてくれているのはわかる。けれど、もうすっかり諦めている僕には、少し重荷だった。
僕はシシィに背中を向けたまま、「まぞく……」と、小さく答えた。

「まぞくな、あの連中は確か……。……ん? まぞくって、魔族か?」
「そう」
「え、嘘だろ。誰?」

シシィが声のトーンを落とす。
そのとき、耳のずっと下の方から、ゴゴゴと、響くような音が聞こえた。
身体をつけている地面も、心なしか揺れている。そればかりか、音も揺れも少しずつ大きくなっている。

「シシィ! 離れて!」

バッと起き上がり、震源地からシシィを遠ざけた。
十歩ほど離れると、立っていられないほどの揺れに襲われる。すぐそこの地面が崩れだす。
ドッッッパァァァァァッッッ!!
轟音と共に、崩れた場所から白い柱が生えた。

ワンコちゃんとご主人様

「あっっつ! なんだこれ!?」

柱から剥がれた雫が、頭上へ降り注ぐ。
火薬のような臭いを発する、その液体は酷く熱かった。
シシィが火傷をしないよう、僕は盾になりつつ、熱湯の柱から離れる。
さっきまで片付けていた瓦礫で蓋ができないかと、積み上げていた壁や柱を穴に放り込もうと抱えて、はっとした。
穴から這い出す人影があった。

「っと、砲科前か……。ちょこっとズレたな」

薄汚れたフード付きのマントを身に着けた、小柄な人影は、辺りを見回して呟いた。
それに対し、後から這い出してきた人影たちは、「これはちょこっとじゃすまないよ、オル」「北門目指してたのに、ここ西側じゃん」「だから竜に任せた方が良いって言ったのに」なんて、口々に文句を並べた。続いて出てきた竜さえも、不満げな唸り声をあげている。
どの人物も、湯柱が放つ臭気の中でも感じ取れるほど、濃い魔香を漂わせている。
ただでさえフラつく頭が、さらにグラリと揺れた。

「うっわ……。あれ、オルナダルファウルスじゃん。本物見るの初めてだけど、新聞なんかで言われてる通りの破天荒っぷりだな……。なぁ、フューリ」

シシィが、僕の後ろから、物珍しそうに一行を眺める。
僕はそれに答えず、人だかりの中心にいるオルナダ様へ歩み寄る。
主を見かけて、挨拶をしないわけにはいかない。
母と司祭様とシシィ以外の人間とは、ろくに会話をしたことのない僕は、働かない頭を必死に回転させて、声のかけ方を考える。
たぶん、司祭様と話すときのようにするのが、無難なはずだ。失礼が無いよう、恐怖心を与えないよう、片膝をついて身体を小さく見せ、「お、おはようございます。オルナダ様……」と、挨拶をした。

「おぉ、フューリか。どうした? 出迎えか?」
「あ、いえ……、その、偶然、ここの掃除をしていたので……」

馬鹿正直に答えた僕は、肯定したほうが良かったろうか、とヒヤヒヤした。
そもそも掃除してた、なんて言わないほうが良かったのでは? というか、この有様じゃ、とても掃除の報酬もらえなくない? 一刻も早く、あの穴を塞いで、片付けないと。でも、オルナダ様のお邪魔をしたら、その時点で縛り首なんじゃ?
ぐるぐる悩んでいると、オルナダ様と同じマントを着たエルフが、

「オル。私たち、掃除してたとこ散らかしちゃったみたいよ。気付いてる?」

と、余計なことを言ってくれた。
サァ、と全身から血の気が引く。
だけどオルナダ様は、「おお、そうか。悪かったな」と、頭を掻いた。

「院の北の土地が余ってるから、温泉宿でも作ろうと掘ってきたんだが、出る場所をほんのちょこっと間違えたらしい。ま、すぐ片付けるから心配しなくていいぞ」

オルナダ様は泥で汚れた手袋を外すと、僕の手首の辺りを、ぽんぽん叩いた。さっと踵を返すと、エルフと一緒に、他の温泉堀りメンバーたちの元へ駆け寄って、穴の修復を指揮し始めた。
なんだか魔族っぽくないな、と僕は思った。
この世のすべてを掌握する、恐るべき支配者であり、機嫌を損ねただけで、町ごと焼き払う、傲慢で無慈悲な暴君。というのが、ヒューマーの思い描く魔族像なのだけれど、それにしては、オルナダ様は、気さく過ぎる気がする。
魔香の濃さから、寒気がするほどの膨大な魔力を持っていることが感じられるし、ここでは王様同然の権力者のはずなのだけど、身体は夢で見たより遥かに小柄で、あまり、恐ろしいとは思えない。
というか、可愛らしいとさえ思える。

「なぁ、おい、フューリ……」

オルナダ様の背中を眺めていると、シシィが服の裾を軽く引いた。

「まさかとは思うけど、お前の飼い主って、アレなの?」
「…………辞退するまでは、だけどね」
「うっっっそだろ、お前、なんてヤツに目ぇ付けられてんだよ! 今すぐ辞退してこい!」

声を潜めたまま捲し立てたシシィは、僕の身体をガシガシ揺さぶる。
僕は、その振動と、言われたことへのショックで、回る世界が、ますます回る。

「うぅ……、ぐすっ……。シ、シシィまで、不釣り合いすぎるみたいに思うの?」
「酔ってるからって泣くな! しっかりしろ! あいつはヤバイんだって!」
「かわいさが……?」
「脳みそ、頭に持ってこい! 下半身じゃなく! てか、ああいうのタイプじゃないだろうが!」

シシィは、両手で僕のほっぺたを、バチバチ叩く。

「ううぅぅぅ……、オルナダ様は完全に雲の上の人だし、友達も純血種の人とかばかりみたいだし、僕なんか全然相応しくないけど、でも、僕を選んで…………、ふぐ、えぐぅ……」
「ちっっっがう! ガチ泣きすんな! あの人は、今、暗殺組織に狙われてるらしいって話だよ!」

暗殺という単語が、思考と涙を止めた。

「ほら、ウァクィバラの国王選出方法、対戦式から、現国王の指名制に変わっただろ? そのせいで、指名されそうな有力者が暗殺されてんだ。この間、文明派エルフ連盟トップのラタトゥイユってヤツが不審死したって、新聞に出てたろ」
「そ、それは知ってるけど……、でもオルナダ様は、もうここの王様だし……」
「イラヴァールは国じゃないし、王制でもないだろ。それに、新制度だと、指名されると断れないんだと。魔族だって例外じゃないだろ。あの人、やたら目立つ上に、それなりに優秀らしいし、いかにも指名されそうだろうが」

胸の奥、ざわざわとしたものが湧き上がる。
あんなに小さくて可憐な人を、殺そうとする輩がいるだなんて、信じられない。
呆然とする僕に、シシィはさらに続ける。

「しかもな、この件、秘密結社のジャザンが関わってるらしい。あいつら因果を操作する魔術を持ってて、ちょっとした日常の言動から、ターゲットを死に近付けられるから、下手すりゃ巻き添えで、お前まで死ぬかもしれないんだって!」
「え? なに? いん……?」
「要するに! 死亡フラグ立てたら、ホントに死ぬかもってこと!」

シシィは、僕を見上げて、両の拳をぎゅっと握った。
僕は一瞬ぽかんとする。
そしてできるだけ真面目な顔で視線を返し、「心配してくれるのは嬉しいんだけど……」と、切り出す。でもシシィは、「信じてないな!」と、即座に僕の心情を見抜いた。

「…………だって、死亡フラグって、アレでしょ? 『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……』みたいなことを、お話の中で言った人物は死ぬってヤツ。さすがに現実では……」
「お前は魔術をよく知らないから、そんなことが言えるんだ! ラタトゥイユは実際、大風の日に畑の視察に行って死んだんだぞ!」
「そんな日に外に出たら、フツーに危ないし……」
「だったら飼い主に聞いてみろよ! 魔族なら、ジャザンも、フラグも、本当にあるって知ってるからさ!」
「えぇ……? フラグで暗殺される予定ありますか? なんて聞けないよ……」
「他に聞き方あるだろ!」

シシィはそれまでより大きめの声で言って、僕の腰骨辺りを打ち付けた。
打ち所が悪かったらしく、シシィは手を抑えてしゃがみ込む。その様が可笑しくて、半笑いに声をかけたとき、後ろの方で、「よぅし、こんなモンだろ」と、オルナダ様が声を上げた。
見ると、地面の穴は塞がり、瓦礫も脇に寄せられて、ぐちゃぐちゃだった道がすっかり片付いていた。

「スライムに細かいの食わせたら、朝食にするぞ。フューリ、お前も来い。おごってやる」
「ふえ? あ、ありがとうござ……」

言いかけた瞬間、爆発音と共に、黒い塊が、オルナダ様目掛けて突進してきた。
咄嗟に地面を蹴った僕は、オルナダ様を抱え上げて、塊の進路から外れる。
まさか、本当に暗殺?
冷汗が流れるのと同時に振り返ると、温泉堀り一行の一人が、塊をガッチリと受け止めていた。
動きを止めた球体の向こう、小さく見える物理砲研究科の建物から煙が上がり、中からは数名の人影が、咽ながら外に這い出していた。

「なんだ、ただの砲弾か……」

オルナダ様がそう呟くなり、地面が揺れ、ついさっきまで温泉が噴き出ていたところから、今度は火のように赤い柱が生えた。

「オルナダーーー!! アンタ、温泉だけじゃなく、マグマまで引いてきたのーーー!?」
「ははは、ちょこっと深く掘りすぎたらしいなぁ」
「ちょこっとでマグマが噴き出る訳ないだろーーー!!」

温泉堀り一行は、オルナダ様へ非難の声を上げ、付近の瓦礫や、先ほど飛んできた砲弾を、赤い柱の噴き出す穴へと投げ込む。
しかし柱は、それを物ともせず、猛烈な熱を発して、赤い飛沫を撒き散らす。飛沫は見る間に黒く変色し、石となって地面に降り注いだ。
幸いシシィは、物陰に身を潜めていたし、オルナダ様は僕が石の降らないところまで運んだけど、あんなものが当たったら、肉体強度がない種族は死んでしまうかもしれない。
もしも、オルナダ様に当たったら……。
僕は、酔いと焦りのせいで、パニックになりかけていた。
そこにさらに追い打ちをかけるように、オルナダ様が道中で拾ったという古代の魔術器を起動させ、それが顔より大きい雹を降らせ始める。僕は、オルナダ様やシシィに雹が当たらないよう、無我夢中で跳んでは、雹を叩き落すハメになり、その上、オルナダ様が雹の雲を散らせるために放った魔力に巻き込まれ、バランスを崩して地面に落下し、温泉堀り一行が魔術で固めたマグマの柱に、顔面を強打してしまった。

「うん。雹もマグマも収まったし、一件落着だな。みんなご苦労」

なんてオルナダ様が労いの言葉を吐いた頃には、魔香酔いが悪化してヘロヘロになっていた。
僕は朦朧とする頭で、シシィの言葉を思い出す。
こんなに奇妙で危険なことが立て続けに起こるなんて、暗殺の話は本当なのかもしれない。
魔族は、強力な魔力を使うが、意外とあっさり殺せる生き物だと聞く。
魔力で身を守っていれば、傷一つ付けられないが、そうでないときの魔族は、ヒューマー並に脆いらしい。そして魔族は、普段は魔力を使わない。隙をつかれたら、ひとたまりもないだろう。
だから死亡フラグなんて、いつ発生するかもわからないものや、どこから湧いてくるかわからない暗殺者に、命を狙われているのだとしたら、とんでもなく危険だ。
それにもし、オルナダ様が死んでしまったりしたら、イラヴァールは、どうなってしまうんだろう? 別の人が王様の役割をするとして、もしその人が、純血種しか入れない決まりを作ってしまったら?
酔いのせいもあってか、どんどんと、不吉な妄想が湧いてくる。
オルナダ様を守らなくては。飼い犬ならいつも側に置いてもらえるはずだ。四六時中、危険がないか、見張らなくては。身体の丈夫な僕が、攻撃から守らなくては。
ぐるぐるそんな考えていると、歪んだ視界の中、オルナダ様の背後に、巨大な斧を構えた人影が見えた。
気付くと僕は、振り下ろされた斧を蹴り飛ばしていた。
無我夢中で、その人影に向かい、拳を振り上げる。
しかし、拳は当たらない。胸倉を掴まれたと思ったときには、壁に叩きつけられていた。

「なんだ、貴様。私を、ガーティレイ・ヴォン・ギャンゲール様と知っての狼藉だろうな?」

僕より二回りは大きいだろう巨体に、二本の角と赤い肌、見るからに純血のオーガが立っていた。ガーティレイと名乗ったそのオーガは、束ねた銀色の髪を揺らして、僕を見下ろす。
こんなのに斧を振り下ろされたら、肉体が丈夫でない魔族は、一発でぺしゃんこになってしまう。だいたい自分より遥かに小さい生き物相手に、斧を持ち出すなんて、なんてヤツなんだ。
僕は、立ち上がり、牙を剥き、グルルル、と唸り声を上げて、精一杯、ガーティレイを威嚇する。

「どうした、フューリ? オーガが怖いのか?」

ガーティレイの横をすり抜けたオルナダ様が、きょとんとした顔で僕を覗き込む。

「邪魔をするな、オルナダ! こいつは私がギッタンギッタンにしてから、追放処分にしてやるんだからな!」
「飼い犬の場合は、飼い主が肩代わりできる。規定に従って申し立てを出しておけ」
「あぁん!? こんな種族もわからんクソチビを飼うなんて、どこのモノ好きだ?」
「俺だが」
「んなっ!? お、お前っ! 犬は飼わない主義だったろうが!! どういうことだ!!」

親しげに言葉を交わす二人の様子に僕は、段々と顔が青ざめていくのを感じた。
会話の内容から察するに、このガーティレイという人は、オルナダ様の友人で、イラヴァールの生徒らしい。
上半身は胸当てだけだが、よくよく見れば、下半身は僕と同じ、青の制服を着ている。
イラヴァールの規則では、自分や他人を守る場合以外での暴力は、処罰の対象で、一発追放もありえる。そんなことになったら、もはや僕が安全に暮らす道は、完全になくなってしまう。
ぞっとした僕は、オルナダ様の隣まで、四つん這いに走り寄って、「申し訳ありませんでした」と、地面に頭をつけた。
瞬間、身体がふわりと浮き上がり、無理矢理に引っ張られたような感覚を伴って、オルナダ様の横に真っすぐ立たされる。
オルナダ様が魔力を使ってそうしたらしい。

「フューリ、そのポーズは止せ」

僕のしたことが不快だったのか、オルナダ様は、低く短く言って、眉を寄せる。

「ふん。ヒューマー圏の人間か……。ということは貴様、ヒューマー交じりの雑種だろう? よくも抜け抜けと、オルナダの飼い犬になど……。恥を知れ!」
「俺が選んだんだ。お前には関係のないことだろう。そもそもなんの用で来たんだ、ガーティレイ」
「き、貴様に用なんぞないわ! 勘違いするな!」

ガーティレイは、赤い顔をさらに赤くして、怒鳴り散らす。
目を血走らせ、「貴様ら、このままでは済まさんからな、覚悟しておけよ!」と、捨て台詞を吐いて、僕が蹴り飛ばした斧を担ぎ上げ、のしのしと歩いて去っていった。
騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬や、温泉堀り一行が、ガーティレイの背中を見送りつつ、「ガーティレイの言うことも、もっともだ」と、囁き合っては、チラチラ、嫌な視線を送ってくる。

「す、すみません、オルナダ様、僕のせいで……」
「飼い主の務めだ。気にするな。だが、食事は二人で行くぞ。そこで待ってろ」
「………………はい」

どうやら失態についてのお咎めはないらしい。
だけど、ガッカリされたに違いない。
深い穴に落ちていくような絶望感に、耳と尻尾がしなしな萎れる。

「……そう気を落とすなって」

背中をぽんぽんされ、振り向くと、いつの間にシシィが、隣に立っていた。

「……でも、すんごいマズイことしちゃったよ。このままじゃ済まさないって言ってたし、僕、追放かも。…………それより、シシィは、ケガしてない?」
「それよりて……。まぁ、おかげさまで?」
「そっか、良かった……。うぅ……っ。ぼ、僕が追放になったら、母さんのこと、おねが……、ぐすっ……」
「まだ酔ってんのかよ……。追放になんかならないって。あの人が代わりに責任取るって言ってたろ? 雹とマグマからは守ったんだし、ちゃんと評価してくれてるさ、たぶん」
「…………そう、かな?」
「そうそう。この調子で危険から守っていけば、夜の相手がダメでも、本採用してくれるかもしれないし、ガンバレ!」

シシィは、ぐっ、と親指を立て、「じゃあな!」と、走り去る。

「え、ちょ……、さっきと言ってること違わない?」
「オーガにぶん殴られて平気なら、なんでも平気だろー? 私は死にたくないから関わらないけどな~」

「いや、掴んで投げられただけなんだけど」と、言おうと思ったときには、シシィはサッと角を曲がって行ってしまった。
こうして僕は、急激に心細い気持ちになりながら、オルナダ様の後について、食事に行くことになった。

怒れるオーガ

【グレタ寮 六号室】

乱暴にドアを開けたガーティレイは、斧を床に放り、どかんとソファに身体を投げ出した。

「おのれ、オルナダルファウルスめ……、呑気に犬連れで朝食になぞいきよって、ジャザンの連中は一体なにをしているのだ……」

ガーティレイの憎々しげな唸り声に、壁に張り付くようにして立った三人のヒューマーが竦み上がる。今朝、フューリに絡んでいた、あの三つ子だ。
三つ子は互いに目配せをし、やがて一人が、「どうされたのですか、ガーティレイ様」と、遠慮がちに声をかけると、ガーティレイは、「どうもこうもない!」と、寮全体が揺れるような大声を出し、木製のテーブルを叩き割る。

「オルナダのヤツが、この私に立てついたヒューマー交じりを庇ったばかりか、飼い犬にしておったのだ!」
「ヒュ、ヒューマー交じりとはまた……」「ず、ずいぶん卑しい者を飼ったものですね……」「オ、オルナダ様には、全然、相応しくないですよね……」
「まったくだ! ヒューマー交じりなぞ、ヒューマー以下。雑種の中でも一番最悪な種だというのに、なにを考えているのか! あの情けないへにゃっとした耳といい、尻尾といい、どこをとっても気に食わん!」
「み、耳と尻尾のある……」「ヒューマー交じりというと……」「青髪に金目の……?」
「なんだ、貴様ら、知り合いか?」

ガーティレイは、鋭い目つきで三つ子を睨む。
三つ子はまったく同じように首を振り、「「「同じ町の出身なだけでございます」」」と、悲鳴を上げる。

「……やはり、ヒューマー圏の者か。では教育も、一からやらねばならんではないか。雑種というだけでも体面が悪いというのに、なぜそんな者を飼うのだ、オルナダめ」
「教育……?」「ほら、魔導圏とは文化違うから……」「でもウチら教育とかされてなくない……?」
「貴様らヒューマーの分際で、待遇に不満があるとでも……?」

囁き合う三つ子は、立ち上がったガーティレイに見下ろされ、「「「滅相もございません」」」と身を縮める。
ふん、と鼻を鳴らしたガーティレイは、再びソファに腰を下ろした。
不愉快そうに手のひらを天井へ向け、指を折り曲げてはゴキゴキ音を立てる。
そして、しばらくしてから、ニヤリと口の端を持ち上げた。

「貴様ら、死亡フラグは知ってるな?」
「は、はい」「やったら死ぬ行動のことですよね?」「お話の中の」
「そいつをオルナダの周辺で立てまくってこい。それから、あのヒューマー交じりがやることは、すべて邪魔をしろ」
「立てるって、死亡フラグをですか?」「定番のセリフを言わせるとかしてです?」「それはだいぶ難し……」

三人目が言いかけた瞬間、ガーティレイが叩き割ったテーブルの残骸を、三つ子の足元に投げつける。

「主の命令が不服か?」

腹に響くような低い声に、三つ子はもはや口も利けずに、必死で首を振る。
ガーティレイは、「ならば、さっさと行ってこい!」と、怒鳴りつけ、三つ子を部屋から追い出す。
ひとりになったガーティレイは、ゆったりとソファにもたれ、ほくそ笑み、高笑いを始めた。が、一頻り笑ったあと、破壊したテーブルの残骸が視界に入ると、「先に片付けさせるんだったな」と、また憎々しげに唸り、舌打ちをした。

ワンコちゃんと朝食

僕が食事は人狼並みに食べると答えると、黒い制服に着替えたオルナダ様は、行き先を大型人種向けの食堂に変更した。
ピークタイムが過ぎ、人がまばらな食堂内は、落ち着いた雰囲気があり、椅子も、テーブルも、料理も、なにもかもが大きかった。
僕はてっきり、お叱りを受けるものだと思っていたけど、食事中、オルナダ様は食べ物の話しかしなかった。魔族はあまり食べられないから、たくさん食べられるのは羨ましいと笑っては、別の料理を頼んで、少しだけ取り分けて、残りを僕にくれた。
おかげで僕の緊張は次第に解け、礼儀に気を付けつつも、食事を楽しむことができた。
拳大の野菜がゴロゴロ入ったスープ、テーブルと同じ大きさの肉、頭と同じ大きさのパン。人生の中で一度も目にしたことのない食材は、口にしたことのない味がして、こんな豪勢で多様な食事で、お腹をいっぱいにするのも初めての経験だった。

「さて、フューリ。お前には教えないといけないことが山ほどあるわけだが……」

お腹が膨れ、食後のお茶が出された頃、オルナダ様はようやく本題を切り出した。
僕は、ピッと姿勢を正し、続く言葉を待つ。

「まずは、あれだな。他者とは対等な関係を築くよう努めろ。魔導圏の鉄則だ。這いつくばって謝罪なんてのは、絶対ダメだぞ」
「は、はい!」

首を傾げつつ頷くと、オルナダ様は魔導圏の基本的なものの考え方について、簡単に説明をしてくれた。
なんでも魔導圏では、対等や公正が倫理の基本となっているそうで、それを脅かす行為を排斥することも義務になっているらしい。
そのため、どんな理由があっても、尊厳を貶めるような行為は、させるのも、するのも、禁止されていて、僕のやったことは、これに該当するのだという。オルナダ様がいうには、自らの尊厳を貶める行為は、自身の尊厳を汚すだけでなく、他者に”尊厳を貶めても良い場合がある”という認識を与えるので、全体の秩序に悪影響を及ぼすのだそうだ。
僕は、誠意を示すことが、そんなに悪いことだろうか、と内心首を傾げた。

「で、だ……。こういう前提の上に、飼い犬制度もあるわけだが、お前、飼い犬ってどんなものだと思ってる?」
「え? えぇと……。いつもお側に控えて、ご奉仕する……、みたいな……? あの、よ、夜の方も……。で、その代わりに、いつか真っ当な仕事の世話をしていただけたりするとか……、です、よね?」
「はぁ~~~、やっぱりなぁ~~~」

僕の答えを聞くや、オルナダ様は深いため息を吐いて、テーブルにゴンと額をつけた。

「いや、まぁ、確かに、飼い犬ってのは、奴隷制度と、魔族の連れ歩き文化が前身だから、誤解するのも無理はないが……」
「ごかい、ですか?」
「お前、アレだろ? 我慢して夜の相手をする代わりに、身分を引き上げてもらえる的な制度だと思ってるだろ?」
「違うんですか!?」
「当ったり前だ! お互いにウキウキルンルンでなきゃ、セックスじゃないだろうが!」

オルナダ様は、バンと拳でテーブルを叩く。

「魔族は魔力を食って生きる。魔族にとって、セックスは濃い魔力を吸収できる、いわばご馳走だ。だが嫌々応じられても、不味くて食えたもんじゃない上に、即座に体調を崩す。つまり、食あたりの元でもあるわけだ」
「しょくあたり……」
「そうだ。だから、俺の犬になるなら、心底俺に惚れ込んでもらわなくては困る」
「ほれこむ……」
「要は、ラブラブセックスができることが大前提ってことだ」
「らぶらぶ……」
「ちなみに、強制された合意は違法だから、他種族の場合でも、報酬をチラつかせたり、弱みに付け込んだりして相手をさせるのは禁止されてる。お前もやるなよ」
「はい……。え……、じゃあ、そういうことについての、純粋な合意がないと、そもそも応募資格がない? ってことですか?」
「いいや。飼い犬制度はそもそも慈善活動だから、無償で犬の望みを叶えるよう支援するのが基本だ。だからこそ、毎度、試験会場がごった返す。これは単に、俺がラブラブセックスなしに飼うのはイヤだって説明だ」

二回もラブラブセックスと言われ、僕は困惑していた。
端麗な顔に似合わない響きに戸惑ったし、言わんとすることも、さっぱりわからない。
オルナダ様はお茶のカップに口をつけ、椅子の背にもたれて、話を続ける。

「ま、お前を惚れ込ませるまで、手は出さんから安心しろってことだな。その間も当然、飼い主の義務として面倒は見るし、働らかせたときは適切な対価を払う。教育もする。やめたくなったら、いつでも契約は解除できるし、解除したときは手切れ金も出るから……」
「あのぅ……」
「なんだ?」
「その……。とすると、オルナダ様には……。飼い主にはどんなメリットが?」
「特にはない。強いて言うなら、多少便利になることと、犬を飼える立場にあるとアピールできることくらいだろう。魔族の場合は、安心して食える相手を側に置けるというのもあるが、俺はその辺は困ってないしな」

ならば何故この人は、僕なんかを飼うのだろう?
僕の頭は、疑問でいっぱいになった。
だけど同時に、それを押しのけてしまうほど、深刻な葛藤が生まれていた。
ラブラブセックスなしに飼うのはイヤ。ということは、管が生えないことがバレたら、僕は即刻クビになるに違いない。
初めは辞退するつもりでいたけど、今の僕は、先程の暴行事件のせいで、オルナダ様の犬をクビになったら、退学になる可能性がある。そうなれば僕の未来は、故郷の町で暮らすか、森か山に逃げるかの二択だ。それは、ヒューマーに追い立てられて殺されるか、野生の掟に殺されるかを選ぶということに等しい。そんな事態はなんとしても避けなくては。
それにオルナダ様は今、たぶん何者かに命を狙われている。せめて、暗殺の件が解決するまでは、できる限り側について、危険から守りたい。
でもそれには、管が生えないことを秘密にする必要がある。だけど、信じられないくらい良くしてくれるつもりでいるオルナダ様に、それを隠すのは、詐欺を働くようで気が引けた。

「……なんだ? まだなにか不安か?」
「あ、いえ……、その……、少し、緊張して……」
「ふははっ! 無理もない。魔族はエルフよりさらに美形揃いな種だし、中でも俺は最高にピカイチだからな!」

思い悩む僕に、オルナダ様は豪快に笑って、ドヤ顔をしてみせる。
そのピカイチな笑顔に、僕は思考を吹き飛ばされてしまった。見惚れる僕に、オルナダ様は頬杖をついた顔をぐっと寄せて、「だが大抵のヤツは、俺に誘われたら、この殺人的な美貌に一発でのぼせ上がって『オルナダ様、ステキ! 抱かせて!』ってなるんだがなぁ。文化の違いのせいなのか?」と、小首を傾げる。

「ま、そういうヤツを落とすのも楽しいからいいけどな」

オルナダ様はニタリと不敵に笑う。
よく変わる表情に、胸がきゅうきゅうとなるので、僕は曖昧な相槌を打って、視線を泳がす。

「そうだ、この際だから率直に聞くが、お前、今の段階だとどこまでできる? ちゅーまでイケるなら、このあとちょっとイチャイチャしないか?」
「い? むむむ無理です。僕にはまだ、そんな、とても……」
「むぅ、そうか……。ヒューマー圏はセックスへのこだわりが強いらしいもんな」

オルナダ様は、目をキラキラさせたかと思ったら、今度は空気が抜けたみたいにシナシナになってしまった。
反射的に無理と言ってしまったけど、ひょっとしてガッカリさせてしまったのだろうか?
そう思って顔を覗き込もうとすると、オルナダ様は、キッ、と僕を真っ直ぐに見て、「やっぱり、これを用意して正解だったな」と、筒状に丸めた紙を取り出して、テーブルに置いた。
広げた紙には、『好きなものについて話す』『握手をする』『二人きりで食事をする』『一緒にお風呂に入る』『軽いキスをする』といった短い文章が、ずらりと並んでいた。

「セックスがあまり気軽じゃない文化圏の者とセックスする場合に、事前に踏むべき段階の一覧表だ。ここに書かれていることを少しずつこなしていけば、最終的にはセックスへの抵抗感がなくなるという優れた代物だぞ!」

オルナダ様は得意な顔をするけど、僕は特にオルナダ様とそういうことをするという点に、抵抗感なんて微塵もない。管が生えるなら、ちょっといちゃいちゃと言わず、がっつり本番でもどんとこいなのだ。でもそんなことは、口が裂けても言うわけにはいかない。
歯がゆい気持ちになりながら、僕は無言で紙に書かれた文章を読んでいく。
上の方には、『手を握る』『髪を撫でる』といった軽い接触や、『身の上話をする』『将来やってみたいことを話す』といったプライベートな打ち明け話が並び、下にいくにつれて、『裸で抱き合う』『好みの体位について話す』のような、過激な内容になっていき、最後は『互いの性器を接触させる』で締めくくられている。
どれもこれも是非やってみたいことばかりだけれど、オルナダ様がこれを上から順にこなしていくつもりだとすると、『互いの性器を見せあう』のところまで来ると、生えないことがバレてしまう。いや、服を脱いで行う行為の段階でもう危ういだろう。
だけど、せめて暗殺の件が片付き、退学の可能性が消えるまでは、絶対にバレるわけにはいかない。
バレないようにするためには、ここに載っている行為を極力避け、ステップが次に進まないようにしなければいけないけれど、拒否し続ければ、その気がないと思われて、クビになる可能性もある。
生えないことがバレないようにリストの消化を遅らせつつ、オルナダ様にその気がないと思われないように、いくらかのステップは確実に消化する。そんなこと僕に可能だろうか。

「おお、そうだ。お前さっき俺を抱っこしたから、この辺まではクリアってことでもいいんじゃないか?」
「え? あ、ちょ……」

僕が紙と睨めっこをしていると、オルナダ様は、すっ、と紙の表面を撫で、無慈悲にも、上から三分の一ほどの項目に、赤い線を入れてしまった。

「よし。これで次は、『軽いキスをする』だな! いつする? 俺はいつでもいいぞ……って、なんだその顔は……」

ニコニコとしたオルナダ様が、僕を見て、怪訝そうに眉を寄せた。
僕は寿命を削られたような思いで、呆然と赤線が引かれた項目を見つめて、やってみたいことがあった、とだけ伝える。

「なんだ、そうか、どれだ? 消したヤツはいつでも何回でもOKだぞ。今するか?」
「え? あ、う……。じゃ、じゃあ、この、『手を握る』を……」
「じゃあ俺は『頭を撫でる』な。その耳も触っていいか?」
「へ? あ、はい……」

僕が頭を差し出すと、オルナダ様はわしわしと、僕の髪の毛を撫でまわしだした。「目の覚めるような青だなぁ。思ったより柔らかいし、耳の毛なんかふわふわだっ」と、機嫌良さそうに、頭の上の耳を優しく揉む。僕は背中がぞくぞくっとした。
ひとしきり撫でた後、オルナダ様は僕の髪を整えて、「ん」と、左手を僕の前に出す。
僕はその手を、恐る恐る両手で包む。オルナダ様の手は、夢で見たよりもさらに小さく、柔らかかった。

「んじゃ、お前は中央書庫に行ってユミエールってエルフに、飼い犬制度の詳しい資料を貸し出して貰え。ちゃんと詳細を理解してからじゃないと、契約できないからな」

僕が手を離すと、オルナダ様は席を立つ。

「オ、オルナダ様はどちらに?」
「お前にフラれたから、今日の相手を探しに行く」
「ふ? あ……、す、すみません……」
「ふふ。そう気にするな。準備ができたら、ちゃんと食ってやる。魔族はセックスのためならなんでもする種族だからな、あっという間にその日は来るぞ。覚悟しておけよ」

オルナダ様はくるりと回って、ウインクをしてみせる。
魔族って、思ってたのとだいぶ違う。
そんな風に思いながら、僕は足早に去っていく後ろ姿を見つめる。
耳の奥には、トントンと、心臓の音が響いていた。

ワンコちゃんと図書室

あまり長い間、オルナダ様の側を離れるのは心配だ。
僕は石造りの建物が並ぶ南西地区を駆け抜け、全力で中央書庫へ走った。
正面の扉からそろりと中に入ると、エントランスは吹き抜けになっていた。上階を見上げると、膨大な書棚が目に入る。
一体どれだけの本が収められているのか。
書庫全体を見て回りたくなったけど、今は一刻も早く、オルナダ様のところに戻らなくてはならない。
僕は鼻から大きく息を吸い込む。エントランスから見えるところに人はいないけれど、各階の奥まったところから、いくつか人の匂いが香る。エルフの匂いは、一階と三階の奥だ。
まずは近い方から当たろうと、一階の書棚をすり抜けて、匂いの方へ向かう。

「あら、オルのワンちゃん。どうしたの? おつかい?」

ひょいと閲覧室を覗くと、ちょうど席を立つところのエルフと目が合った。
温泉堀り一行の中にいた、ブロンドのエルフ。オルナダ様と同じ、黒い制服を着ている。
この人がユミエールのようだ。
僕がおずおずと、オルナダ様に飼い犬制度の資料を読むよう言いつけられたと話すと、ユミエールは先に立って、僕を資料のある書棚まで連れて行ってくれた。
イラヴァールの人は皆、僕を怖がらないし、驚くほど親切だ。それはエルフも例外ではないらしい。

「フューリちゃんは、ヒューマー圏の出身だから、基本だけでなく、この辺も目を通した方がいいかなぁ。オルの飼い犬なら、他の種族のことも一通り知っておいた方がいいから、こっちも見ておいて。あとは、これと、これでしょ。それから……」

僕の手には、次々と本が乗せられていき、前が見えなくなるまでになった。
『やさしい飼い犬制度法』『契約前に知るべき飼い犬の基本』『飼い主の心得』『種族別にみる飼い犬と飼い主の相性』『組合監修、飼い主との報酬交渉』『断るスキル』『魔術器図鑑最新版』『徹底比較、魔道文化圏と異文化圏』『他種族との付き合い方、各種族の習性・文化・歴史』などなど、様々なタイトルが並んでいる。
本は大好きだけど、この量を読むのは、相当な時間がかかる。そして今の僕には、そんな時間はない。

「ところでフューリちゃん、オルとはもう寝たの?」

ドガッ、ドザザッ。
驚き飛びのいた衝撃で、後ろの書棚にぶつかり、書棚と、手に持った本を落としてしまった。

「ぼぼぼ、ぼくわ、しょんな、まだッ……」

慌てて本を戻そうとする僕を見て、ユミエールはくすくすと笑う。

「そう。じゃあ性行為の手引書もあった方がいいよね。未経験といっても、飼い犬としては上手くやって、気に入られたいだろうし。オルの好きなプレイのところに、付箋してあげる」
「あ、え……、あ、ありがとう? ございます……」
「ふふふ。気にしないで」

僕は赤面しつつ、お辞儀をする。
そして、飼い犬の採用試験の書類に、バカ正直に童貞だと書いてしまったことを、今更ながらに後悔した。

「なんだったら、実践で練習していく?」

そう言ってユミエールは、閉じた本を僕に手渡すので、僕はぱちくりとした。

「と、いいますと?」
「先に私としてみる? ってこと。ここ仮眠室あるし、オルが選んだ子がどんなか、試してみたいしね」

ユミエールはお腹とお腹がくっつきそうな距離にまで迫って、緑の目を細め、僕を見上げた。
それまでのおっとりとした雰囲気とは違う、妖艶な様と、濃い魔力の香りに、ボッ、と身体が熱くなる。

「ほ、本、急いでるのでッ、僕、あ、ありがとうございました!」

悲鳴のように言った僕は、血が登った頭と、大量の本を抱えて、書庫を飛び出した。
僕、今エルフに誘われた? というより迫られた? いやいやいや、そんなはずないよね? でも、だったら、私としてみる? って、どういう意味? ワカンナイ!
混乱のあまり僕は、借りてきた大量の本をジャグリングしながら、猛スピードでオルナダ様の匂いのする方へと走った。

ワンコちゃんと死亡フラグ(酒類)

南側の繁華街付近にある大きな広場に、オルナダ様の匂いはあった。
広場中央の噴水前に開かれた屋台の前で、葉巻を吹かしながら、酒を勧める三人の店員の話を興味深げに聞いていた。

「オルナダ様! ダメです!」

酒も、葉巻も、定番の死亡フラグ。
僕は、試飲をしようと、木製のカップに口をつける、オルナダ様の手を掴んで止めた。

「なんのつもりだ? フューリ、手を離せ」
「す、すみません……。つい……」

不愉快そうに睨まれる。
だけど飲んでほしくなくて、僕は手を掴んだまま、「でも……、その……」と、口ごもった。
死亡フラグのこともあるが、屋台の店員が、あの三つ子のヒューマーだったことに、僕の警戒心は猛烈に高ぶっていた。
三つ子は町の商売を仕切る家の子なので、時々こうして売り込みをしている。けれど、今はまだ講義がある時間で広場に人は少ないし、いつも屋台を広げているのは、西側にある市場。それに三つ子は、他の人間に呼び込みもせず、三人がかりでオルナダ様に酒のうんちくを説明していた。
偶然にしては、違和感が大きすぎる。
どう言えば、飲むのを止めてもらえるだろう?
必死に考える僕に、三つ子たちは、

「離せって言われてるだろ、半獣人」「飼い主の言うことが聞けないのか、半獣人?」「町のルールも守れない半獣人だから、命令理解できないんじゃん?」

と、茶々を入れ、オルナダ様も、「許可なく他人の身体に触れるもんじゃない」と、鋭い口調で窘めるので、僕はしぶしぶ、手を離した。
またマグマや雹に襲われるかもしれないのに、なにもできない自分が苦々しくてたまらない。
けれどもう、邪魔をするわけにもいかないので、僕はオルナダ様の後ろに立ち、黙って試飲の様子を眺める。
オルナダ様は三つ子が勧める酒や葉巻が口に合うらしい。勧められるまま試しては、あれを二箱、これは五箱と、次々に注文を入れていった。
ヒューマーの町の物を喜んでもらえるのは嬉しいけれど、オルナダ様が三つ子と親しげに会話をしているのは、あまりいい気がしない。それでも目を離すわけにはいかないので、僕は両手の上に積み上げた本のてっぺんから目だけを覗かせて、監視を続けた。

「うははははは! これは良いな! このパイプも一箱、いや、三箱もらおう!」

オルナダ様が上機嫌に、指を三本立てたそのとき、噴水から水柱が上がった。
柱の中から、白いマスクを付け、大鉈を構えたオーガらしき人影が現れる。
両手が塞がった僕は、鉈を振り上げ飛びかかってくるマスクオーガの顔面に、飛び蹴りを食らわす。反動を利用して、オルナダ様の横まで下がると、マスクオーガが噴水の縁を背に倒れ込むのが見えた。
無事を確認しようと隣を見ると、オルナダ様は、

「フューリ……、お前、オーガになんか恨みでもあるのか? 意外と凶暴だとか?」

と、苦い顔で僕を見た。
僕の脳裏を、先程の失態がよぎる。せめて一度は攻撃を受けてから、反撃するべきだった。
僕は慌てて片膝をつき、弁解を述べようとしたが、三つ子がすかさず、

「そぉうなんですよ、オルナダ様! こいつが凶暴すぎるんぇで、我々の町は大変なんですよぉ」「行方不明者が続出しててぇ、みぃんなこいつに食べられちゃったって、もっぱらの噂なんですぅ」「こいつ、骨も残さず人を食べられて、証拠が出ないのを良いことに、やりたい放題なんですよぉ」

なんて、大ボラを吹く。
森へ入れば、魔力の濃い獣や怪物が採れるのに、誰がヒューマーなんて魔力も食い出もない生き物を、好き好んで食べたりするものか。そもそも、町で行方不明者が続出したりしていたら、僕はとっくの昔に殺されている。
ギリギリと拳を握りしめていると、三つ子は、僕が貧しい狩人の家の生まれだとか、ろくに教育を受けていないだとか、どこで知ったのか魔香酔いのことまで、ペラペラと喋ってしまった。

「魔力の匂いで酔っ払う? 聞いたことがないな。本当なのか、フューリ?」

魔香酔いの話が出ると、駆けつけた職員たちにマスクオーガを引き渡していたオルナダ様が、訝しげに振り返った。
僕が頷くと、医者にかかったかと聞かれたので、黙って首を振った。

「こいつ貧乏ですからね!」「そもそも雑種ですし!」「オルナダ様の犬になんて相応しくないですよ!」

三つ子はなぜか、勝ち誇ったように胸を張った。
すると、目の前にあったオルナダ様の顔から、ふっ、と表情が消えた。
それまでは、とろけるようだった甘い魔香が、火のような匂いに変わる。

「三つ、教えておこう。まず、こいつが何者であろうと見下していい道理はない。次に、他者を中傷することは法に反する。そして、飼い犬への侮辱は、飼い主への侮辱に等しい」

オルナダ様が、ゆっくりと三つ子の方を向く。

「お前ら、覚悟があって、口を利いていたんだろうな?」

これまで聞いた中で、一番低い声で問いかけた。
三つ子は一瞬で青ざめて、思いつく限りの謝罪の言葉を叫びつつ、全速力で屋台を押して去っていった。

「……ったく、なんなんだ、あの連中は。フューリ、お前もお前だ。なぜ黙って言わせておく?」
「え? なぜ、と言われましても……。うーん……、それが一番安全だから、ですかね……」

「はぁ?」という顔のオルナダ様に、僕は自分の置かれた状況を説明した。
半分人狼だということで、町中から怖がられ、忌み嫌われていること。
祖母が町の司祭であるため、なんとか町に住み、最低限の教育を受け、生きてこれたこと。
危険だからという理由で、僕を殺したいと思っている住民が大勢いること。
極力、住民に姿を見せず、問題を起こさず、ひっそり暮らしているため、今のところ、表立って攻撃はされないけれど、なにかあったときには、たぶん、祖母と母を人質に取られ、黙って処刑されざるをえないことなどを話す。
オルナダ様は話せば話すほど険しい顔になり、ついには「なんじゃそりゃあああ!」と、叫びだし、地団駄を踏んで怒り出してしまった。

「すすす、すみませんッ、ぼ、僕なにか、また失礼を……?」
「違う! なぜそうなる? お前はなんにも悪くないだろうが! なのになんだ、その町は!」
「や、でも、あの……、マシな方だと思いますよ? 僕まだ生きてますし……」
「基準がおかしいだろう、クソがぁぁぁぁぁ!!」
「お、落ち着いてくださいぃぃぃぃぃ!」

魔力で氷の柱を作っては叩き割るオルナダ様を、僕はオロオロ宥める。広場にいた数人の人物たちも、遠慮がちに声をかけてくるけれど、オルナダ様は暴れ続けた。
数分後、オルナダ様は膝に手をついて、長く息を吐き出した。

「はぁ……。悪いな。お前に言っても仕方のないことだというのに」
「いえ、僕は良いんですが……。大丈夫、ですか……?」
「あぁ……。一通り他種族ことは学んでいたんだが……、実情がそこまで酷いとは思わなくてな……」

オルナダ様は周りを囲む人だかりに、なんでもないという手振りをしてから、頭痛でも起こしているみたいに、眉間を抑えた。
そして目を閉じ、ぶつぶつと、独り言を言いだす。その問題にどう取り組んだものか、思案しているようだった。やがてオルナダは深くため息をついて、それから何度か深呼吸をした。

「ふぅ。気に食わないが、この件は保留だ。先にお前を医者に診せる。魔香酔いだったか? このままじゃ、ここで生活するのは困るだろ」
「え? これ、治るんですか?」
「わからん。だが医者にかからないことには始まらないだろう。着いて来い」

オルナダ様は球でも投げるように腕を振った。
左の人差し指にはめた、指輪型の魔術器を起動すると、指輪から誰かの声が聞こえた。オルナダ様は声の主に居場所を聞いて、西へ向かって歩きだす。

「あの……。ありがとう、ございます……」

僕は前を歩く小さな背中に、お礼を言う。
自分のために、あんな無茶苦茶に怒ってくれる人なんて、母以外にはいなかった。
母の場合は、武器を持って町に怒鳴り込んで行くから、気が気でなかったけど、オルナダ様は自分で怒りを沈めてくれたので、僕は、母のときよりも純粋に、心強いと思えた。
オルナダ様は医者のことだと思ったらしく、「診るのは俺じゃないぞ」と、ケラケラ笑った。

ワンコちゃんとネコ屋敷

僕らは馬を借りて、イラヴァールの北西側へと移動した。
この辺りまで来ると、南西側のような街並みはなくなり、緑が多くなってくる。人が少なくなった分、だんだんと魔力の匂いも薄らいで、オルナダ様の匂いだけになった。身体や草木の匂いと混じり合ったせいか、野花のように感じられる。いつまでも嗅いでいたくなる、いい匂いだ。
ところが、北の森の入口に差し掛かったところで、再び、別の魔力の匂いが濃くなって、頭がクラリとした。
人気のない森の中にしては、匂いが濃すぎる気がする。進むほど匂いは濃くなり、僕は馬から転げ落ちそうなほど、酔っていった。
もう降りて歩いたほうが良いかもしれない。
そう思い始めたとき、オルナダ様は大きな黒いレンガの屋敷の前で馬を止めた。
どうやら匂いの発生源はここらしい。バルト寮と刻印された獅子シンボルのついた扉を開けると、中からは普段僕が通っている講堂がある辺りとは、比べ物にならないほどの濃い香りが漏れ出してきた。

「ここは俺を含めて、魔力高めのヤツが多く住んでるから、酔いが回るかもしれないが、平気か?」

これっぽっちも平気じゃない。
せめて鼻を覆わないと、中に入った瞬間に意識が飛んでしまうかもしれない。
だけど、オルナダ様並に魔力の高い人が集まっているということは、身分の高い人に出くわす可能性が高い。顔を隠すのは無礼だとか、難癖を付けられたら、またオルナダ様に迷惑をかけてしまう。
僕は極力呼吸をしないよう、黙って首を縦に振り、鞍箱に入れていた本を持って、屋敷に足を踏み入れた。
エントランスは広く吹き抜けになっていて、左右に二階へ続く階段が伸びている。窓際にはいくつか、洒落たティーテーブルが置いてあり、そのうちの一つで、エルフ、人猫、ドワーフが談笑していた。
三人はオルナダ様に、軽く会釈をし、オルナダ様は軽く腕を上げた。
オルナダ様は三人とは離れたテーブルに僕を座らせ、窓を開けると、「その資料でも読んで待っていろ」と言って、屋敷の奥へ行ってしまった。
一人残された僕は、長めの間隔で、浅い呼吸を繰り返す。
それでもぐんぐんと酔いは回って、今朝以上に下半身がうずうずとなる。絡みつくような情欲が、ねっとりと背中を這い上がり、喉元に絡みついている気がした。
僕はオルナダ様の言いつけ通りに資料を読んで気を紛らわそうとするけど、手に取ったのは、あの性行為についての指南書だった。
マズイ。
こんなものを読んでしまったら、完全に理性が飛んでしまう。
そうなったら、後ろで談笑しているエルフたちが危ない。だから絶対に読んではいけない。
そう思うのに、猛烈に、どうしようもなく、中が見たい。
ほんの一瞬、目次を見るだけだから、と自分に言い訳をして、本の扉に手をかけてしまった、そのとき、

「にゃあ、キミ。キミはオルナダ様の飼い犬になった子にゃろ?」

と、人猫の子が、テーブルの縁から顔を覗かせた。
僕は慌てて本を隠し頷く。

「ほらにゃ、言った通りにゃ」
「すごいも~、人は見かけによらないもんだも」
「オルナダ様って、これまで誰も飼ったことないのに、どうやって気に入られたの?」

ドワーフとエルフも近くにやってきて、親しげに話しかけてくるので、僕はビクリとした。
三人はさほど魔力が高いわけではないらしく、匂いは薄かったが、今はほんの少しでも、匂いが濃くなるのは困る。
できるだけ早く会話を終わらせようと、「勉強しないといけないので」と、飼い犬に関する本を開く。

すると三人は、ますます僕に近づいて、

「これ全部読むも? 真面目なんだも~」
「真面目なのはオルナダ様じゃない? 普通、飼い犬に制度の勉強なんてさせないし」
「ガーティレイ様のとこにゃんかは、組合の存在も教えてもらえにゃいらしいしにゃあ」

と、興味深そうに本を手に取る。
しかもそれは、例の指南書だった。

「ん? 『はじめての性交渉、互いを傷つけずに営むための基本作法から上級テクニックまでを徹底解説』? こんなのも読むも?」
「そういえば、オルナダ様が童貞を飼い犬に選んだって、噂になってたにゃあ。そんなわけにゃいと思ったけど、まさか本当にゃのかにゃ?」
「えぇ~、嘘でしょ⁉︎ ねぇ、真面目に、どうやって採用されたの? 教えてよ! あ、蜜型の相性が良いとか? それならわかる」
「オルナダ様は合いすぎる相手とは、あんまり寝ないらしいも」
「え? なんで?」
「飛んじゃって長く楽しめにゃいからじゃなにゃいかにゃ?」
「えー、アレが良いのにー?」

僕には、なんの話か、さっぱりだった。
三人はしばらく、あーでもない、こーでもないと言い合ってから、「オルナダ様の犬なら、きっとなにかあるに違いない」と、結論付ける。けれど、”なにか”に心当たりのない僕は、暗に「お前は飼い犬に相応しくない」と、言われたような気がして、尻尾がしなしなになってしまった。

「まぁ、にゃんにしても、飼い犬同士、仲良くしようにゃ!」
「これから技術交換をするんだも、一緒にどうかも?」
「オルナダ様に飼われたならタチでしょ? 私ネコもできるから、最初は私としない?」
「抜け駆けはずるいも!」
「そうにゃ! 僕にゃってオルナダ様の子としてみたい!」

これはもしかして、えっちなことへのお誘い?
全身を駆け巡るムズムズ感が、踊りだしたみたいに激しさを増す。
いや、でも、そんなことに誘われるなんて、あるわけがない。きっと、聞き間違いかなにかのハズだ。
僕は膝に爪を食い込ませ、ぎゅっと固く目を閉じて、すぐにもエルフの身体に飛びつきたくなる衝動を、必死に抑える。
それなのに三人は、

「あのね、この子を見てよ。顔にも手にも毛がないでしょ? こういう種族は、管に毛が付くのが気になるから、もふもふ系とは寝ないの!」
「そっちこそよく見にゃよ! 耳と尻尾があるから、獣人が混じってるはずにゃ! 毛にゃんか気にするわけにゃいよ! もふもふの方が触って気持ちいいし!」
「待つのだも! そういうことなら、もふもふとつるつるを兼ね備えた、ドワーフのほうが良いはずだも!」
「あー、もう、わかった。じゃあ全員一緒にやろ。それならいいでしょ?」
「にゃ!」
「も!」

といった具合に話をまとめ、三人揃って、僕にくっついてくる。

「ほら、行こ。今なら丸ベッドの部屋開いてるし」
「え、いや、あの、ぼく、まだ……、あと、あの、ちかくて……、あの……」

腕を絡められると、エルフの髪から香る、花のような匂いが、鼻腔をくすぐる。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……!!
頭の中でなにかが千切れそうになったそのとき、追い打ちをかけるように、濃い魔香が漂ってきた。

「こらこら。こいつはヒューマー圏の人間だぞ。そう露骨に迫るな……。って、おい、フューリ、大丈夫か?」

オルナダ様が僕の肩に手を乗せ、顔を覗き込む。
僕はほっとしたのと、ムラムラが最高潮に達しているのとで、思わず床に膝をついて、オルナダ様の身体を抱きしめてしまった。
そればかりか、首筋から香る匂いに誘われて、つい、耳の下辺りをべろべろと舐めてしまう。すべすべの肌は舌触りがよく、ほんのり甘しょっぱくて美味しい。

「ふくく……。くすぐったいぞ。そんなに酔ったのか?」

オルナダ様は僕を叱るどころか、頭を抱えるように抱いて撫でてくれた。気が抜けて、さっきまでよりも急激なスピードで、酔いが回ってくる。
このままこの人を床に押し倒して、服を剥ぎ取ってしまいたい。
そう思って、身体を抱え上げようとすると、オルナダ様は、ぐい、と僕の肩を押して、「こっちだ、リードリアン」と、誰かを呼んだ。

「この子ですか……。確かに人狼は魔力の匂いも嗅ぎ取れますけど、酔うというのは私も初耳ですからわかるかどうか……」
「そのときは仕方がない。とりあえず診てやってくれ」
「えーと、じゃあ君、匂い嗅がせてね」

ぐにぐにした感触に頬を掴まれ、顔を持ち上げられる。
ぼやけた視界には、ピンと立ち上がった耳を持つ、灰色の人狼がいた。
僕は本物の人狼を見るのは初めてだった。
今朝出会ったガーティレイというオーガと同じか、それより大きい身体。艶々の毛並み。手足も大きく、指先には分厚い爪がついている。
僕は朦朧とする頭で、こんな強さと美しさを感じさせる生き物と同じ血が、半分とはいえ自分にも流れているとは思えないな、と思った。

「ふんふん。うーん? 外の匂いに比べて、中の匂いがずいぶん薄いようですね」
「ふむ。つまり?」
「ご存知とは思いますが、獣人は攻撃性のある魔力でも、食べれば吸収して自分の魔力に変換できます。口内や消化器の魔力変換能力と、体内魔力による身体の保護によって、それが可能なのですが、中の匂いが薄いということは……」
「体内の魔力が薄いということは、免疫が働いてない可能性があり、まして変換力のない鼻からの吸入となると、どう作用するかわかったもんじゃない、か」
「おそらくですが」

リードリアンは濡れた鼻を、僕の鼻にくっつけたまま言った。
頭をがっちり掴まれているせいで、僕はゼロ距離で香る魔香に為す術もなく酔わされる。離してもらった頃には、もう手足に力が入らなくなっていて、顔から床に倒れてしまった。
大丈夫かと抱き起こされ、何事かと居合わせた人間が集まって、症状はさらに悪化する。視界はぐにゃぐにゃに歪んで、もう、「外の空気を吸わせてほしい」と、訴えることもできない。

「まいったな。おい、フューリ、しっかりしろ」
「魔力不足が原因であれば、なにか食べさせれば回復するはずです。魔力を多く含む物であれば、すぐにでも……。ただ、胃の免疫がどうなっているか不明なので、魔力なら無害な物でないと……」
「うーむ、俺の唾液でも飲ませてみるか……。フューリ、べろちゅーするぞ、いいな?」

べろちゅう!?
口をくっつけるばかりか、舌をべろべろ絡ませ合うという、あのべろちゅう⁉︎
せめてディープキスと言ってほしい。じゃなくって、そんなの全然、心の準備ができてなさすぎる。
僕はバネのように飛び上がって、テーブルに置いた本をかき集め、全速力で外へ駆け出した。

ワンコちゃんと狩り

森を駆け抜け、山に入り、本と制服を木に括り付けて、ポーチの並んだベルトと下着だけの姿で、獣の匂いの方へ走る。川で水を飲んでいる馬食い熊を見つけ、角の生えた額を拳で叩き割る。首を掻き切り、逆さに吊り、腹を裂いて、内蔵を貪り食った。
自分の頭よりも大きい心臓を取り出し、中の血を啜って、齧り付く。お腹から全身に魔力が染み渡るのを感じたけれど、まだ酔いは覚めない。
必死に掴んだものを口へ運んで、頭とお腹の中身を粗方食べ終わった頃、ようやく頭がスッキリしてきた。
皮を剥いで、肉を半分くらい食べたら、急いでオルナダ様のところへ戻ろう。もも肉はお土産にするのが良いかもしれない。
僕は作業にかかる前に、鼻をひくつかせて、オルナダ様の匂いの場所を確認する。顔中についた馬食い熊の血のせいで、正確にはわからないけれど、だいぶ、いや、かなり近くにいそうな匂いがする。

「お前、食い方だいぶエグいな……」

オルナダ様が木に寄りかかる体勢で、真後ろに立っていた。

「俺とのちゅうから逃げて、熊を食いに来たとはな」
「いや、あの、僕、嫌とかではなく、こ、心の準備ができてなくて!」

僕が焦ると、オルナダ様は「冗談だ」と、笑う。
すっ、と僕に向かって手をかざし、横に振る。すると、僕の身体についていた熊の血や泥が、ぬるりと空中に移動して、地面に落ちた。下着に染み込んでいた血まで、綺麗サッパリなくなっていた。

「馬食い熊だな……」
「はい……」

オルナダ様が僕の食べ残しをまじまじと観察しだしたので、僕は、ひょっとして食べちゃいけない動物だったんだろうか、とヒヤヒヤした。

「この首に、この腹。見事な切り口だが、なにで切ったんだ?」
「へ? あ、えと……、それは、こうやって……」

僕はオルナダ様の隣で膝を付き、人差し指の先に魔力を集中させた。
集めた魔力は、青白い三日月型の光に変わる。僕はその光を、肉と皮の間に差し入れて、すいすいと皮を剥いで見せた。

「おおっ! 魔装が使えるのか!」
「まそう、ですか?」
「なかなか強力な能力だぞ。攻防一体だし、身体能力の向上と併用すれば、凄まじい武器になる。魔術化もされてないし、ほんの一握りの獣人にしか使い手はいないから、相当レアな能力でもあるぞ」
「え? 魔力を使う能力ですから、魔族の人は使えるんじゃないですか?」

僕は不思議に思って首を捻る。

「使えはするが、魔装は魔力消費が尋常じゃないんだ。魔力が尽きたら死ぬ魔族には、やろうとは思えない技だし、獣人だって、膨大な魔力を取り込んだ直後でないとできないはずだぞ」
「これがですか……?」
「コントロールが難しいから、普通は全身を大まかに覆うんだが。それを指先だけとは、なかなか器用じゃないか、フューリ」

これは、褒められているんだろうか?
僕はなんだか気恥ずかしくなって、「人狼のほうの母が使えたらしいので、たぶん遺伝だと思います」と、小さく早口に言って、皮剥ぎを進める。

「その、それに、ですね……。僕、爪だけでも結構、魔力消費しちゃうので……。全身というのは、たぶん、できないと思います……」
「そうか? 体外放出量からすると、やれそうだがな」
「ほうしゅ……?」
「魔力も汗なんかと同じで、なにもしなくても外に出ていくんだ。その外に出てく量を見ると、体内に蓄積できる魔力の量がわかる。獣人もヒューマーも、そう多くないんだが、お前の場合……」

オルナダ様は言葉を途切れさせて、僕の首の辺りを凝視した。
僕の首輪に、つっ、と手を伸べて、「なぜこんな物を?」と、眉を顰める。

「えぇと、これは司祭様が……、祖母が間違っても僕が魔力を使うことがないようにと付けたもので……。まぁ、手足が伸びきった頃にはもう、使えるようになりましたけど……」
「……魔香酔いの原因は、それかもしれないな」

オルナダ様は眉間を指先で捏ねつつ「吸魔水晶が埋め込まれている」と、忌々しげに呟く。

「こいつは付近の魔力を吸い取って、空気に変える。ほとんどはヒビ割れて機能していないが、全部機能していたら、常に魔力がすっからかんの状態でもおかしくないぞ。肉体の一部でも、魔力系で維持している生物なら、命に関わる危険もある」
「命!? じゃ、じゃあ僕、オルナダ様の側にいたら危ないってことですか?」
「いや、俺はこのぐらいなら、吸われてもどうということはない。腹持ちは悪くなるだろうがな。ともかく、すぐ外してやろう」
「え? いや、あの、それは困ります」

僕はさっと後ろに身を引いて、首輪に触れようとするオルナダ様の手を避ける。

「なぜだ。そんなもの付けていても、百害あって一利なしだぞ?」
「でも、その……、勝手に外して良いものかどうか……」
「勝手? なにを言ってるんだ? お前が外したいなら外すのが当然だろう?」
「あの、僕、外したいとは……」
「なっ……!? ……ぐぬぬぅ、そうか。仕方ない、強制はできないからな……」

オルナダ様は不満そうに唇を尖らせながらも、手を引っ込めて、「外したくなったときはすぐに言えよ」と、鼻を鳴らした。
僕は「はい」と、頷いて、皮から肉を外し、少し考えて、「オルナダ様も食べますか?」と、聞いてみた。オルナダ様は興味半分、怪しみ半分といった顔で、「生でか?」と、首を傾げたので、僕は、「もちろん火は通します!」と、立ち上がり、手近な枝を集め、魔力で火種を作って火を起こした。
肉は、オルナダ様の分と、自分が食べる分、持ち帰る分に分け、魔力で肉から血と水分を抜いて、ポーチにある塩とスパイスを擦り込む。火の中にいくつか石を入れて、木で三脚を作り、煙の出る木を焚べた火の上に皮と一緒に吊るす。
オルナダ様の分は、火に入れた石を並べた穴に、植物と一緒に埋め、穴の上でさらに火を炊いて焼く。肉が小さいので、すぐ焼けるはずだ。僕の分は別に生でも良いので、適当に火の回りに並べる。
オルナダ様は一連の作業が面白かったのか、目をキラキラさせて僕の手元を見ていた。

「魔力で焼いたほうが早いんじゃないか?」
「そうすると、肉に残っている魔力を消してしまうので、味が落ちるんですよ。本当は血抜きや乾燥も、自然に任せたほうが美味しいんです」
「なるほど。お前は野生でも生きていけそうだな」
「いえ、野生での暮らし方は母に叩き込まれましたが、それは厳しいものでしたから。水や食料を確保できなければ飢えで、下手なものを食べれば毒で、怪我や病気で弱れば獣や怪物に襲われて、即刻あの世行きです」
「……そうか。食事の必要がない魔族でも、野生の生活は厳しいというから、それが必要な種はなおのこと厳しいものな」

オルナダ様はうんうんと頷く。

「お前の資料に王都行きを希望してるとあったが、理由はそれか?」
「そう、ですね……。今のままヒューマーの町で暮らしては、母や祖母まで危険ですし、野生の暮らしはとても無理なので……」
「ふむ。まだ報酬の話はしていなかったが、そんなものでいいのか? 王都でなにをしたいんだ?」
「えぇと、そこまでは……。イラヴァールでなにか仕事にできそうな能力を身に付けて、食べていけるだけの仕事を紹介してもらえたらとしか……」

答えながら、僕は土の中からオルナダ様の分の肉を掘り出し、魔力で浮かせて、魔装の爪で切る。土で汚れた部分を切り取り、一口大にして塩とスパイスを振り、オルナダ様の前に持っていくと、オルナダ様は自分の魔力で肉を浮かせ、ひとつ口に運んで、美味しい顔をした。

「熊肉は臭みが強いと聞いていたが、これはイケるな!」
「手早く処理しましたからね。お口にあって良かったです」

ひょっとしたら吐き出されるかとも思っていたので、僕はほっとした。
次々と肉を口に運ぶオルナダ様の様子に、少し得意な気分になって、自分の分の肉にかぶりつく。ぽりぽり骨まで食べてしまうと、オルナダ様が猫のように目をまんまるにしたので、他の骨は持ち帰って道具にすることにした。

「フューリ。お前、これからは、どんな些細な希望も不満も、必ず俺に話せよ」
「へ? はい……」

肉を食べ終わり、僕が後始末を終えると、オルナダ様はそう言って立ち上がる。

「はっきり言って、今のお前の望みは、ただ王都に行くだけですぐにも叶う。せっかく俺に飼われるんだ、もっと多くを望むと良い。お前の選択肢は、お前が思うよりずっと多いぞ」

そうなんだろうか?
ずっとずっと、「いつかひとりで野生で暮らすことになる」とか、「いつか人を殺めて縛り首になる」とか、そんな道ばかりを示されてきたし、「望むな、我慢しろ」と、言い聞かされてきた。シシィと出会っていなければ、イラヴァールの存在さえ知らずに一生を終えただろう。
多くの選択肢があるなんて言われたのは、これが初めてだ。
とてもそんな風には思えない。だけど、オルナダ様が自信に満ちた顔をしていたので、僕は深く頷いた。
正式に飼い犬として採用されることはないとしても、この人だけは命に変えても守ろう。もしそれで死んだとしても、僕は満足だし、母もたぶん誇らしいはずだ。
オルナダ様は背筋を伸ばした僕を見て微笑み、「帰るぞ」と、歩きだす。
不思議なことに、寮と真逆の方角に。
僕が「どちらに?」と、聞くと、オルナダ様は「寮に決まっているだろう」と、首を傾げた。
どうやらこの人は、重度の方向音痴のようだ。
そういえば、今朝の温泉掘りでも、出る場所を間違えていた。
どうもイラヴァールでは道を覚えているので迷わないけれど、一歩外に出て方向感覚頼みになると、迷ってしまうらしい。さっき僕を見つけられたのは、魔力で飛んで上から姿が見えたからなのだそうだ。
なるべくこの人の側を離れないようにしよう。そう思う理由が、増えてしまった。
僕は道を踏み固めながら、オルナダ様を連れ、来た道を戻る。制服と本を回収して、パンツを身に付け、上着は本をくるんだまま携え、寮へと向かう。
どういうわけか制服に、あの三つ子のヒューマーの匂いがついていたけど、オルナダ様を送るほうが先決なので、無視することにした。

ワンコちゃんと探し物

寮の魔香は相変わらずだったけれど、リードリアンの言った通り、食事で魔力を補給したら、酔いは多少マシになっていた。
長居をすればまた酔ってしまう危険があるけど、オルナダ様をひとりにするわけにはいかない。それに、飼い犬は飼い主と同居するものだということで、寮の中から空いている部屋を選ぶことになったので、僕は寮内に入らざるを得なかった。
オルナダ様が「酔いが回ってきたら、いつでも、ちゅーしてやるから、すぐ言えよ」と、言うので、僕は「まだ肉があるので、大丈夫だと思います」と返す。
するのが嫌だという気持ちはこれっぽっちもないし、むしろ、ぜひお願いしたいのだけど、親密になるほど、隠し事を知られる危険が増してしまう。それにオルナダ様の、”エルフを凌ぐほど美形揃いな魔族の中でもピカイチな容姿”に、気後れもしていた。

「開いてる部屋を確認するから、さっきのところで少し待ってろ」

エントランスのティーテーブルを指すと、オルナダ様は寮の奥へと消えてしまった。
言われた通りにティーテーブルに腰を下ろして、肉や骨を齧りつつ、上着に包んだ本を天板に広げる。熊肉を喜んでもらえたことが嬉しかったので、もっと役に立てることを増やそうと、飼い犬の基本についての本を読もうと思ったのだ。
ところが、広げた本を確認すると、一冊足りないことに気付く。
あの性行為の指南書が消えていた。
制服に三つ子の匂いがついていたのは、このためだったのか。
背中から焼けるような熱が、頭に上ってくる。
借り物を無くすわけにはいかないし、一刻も早く取り返しに行かないと。
僕は戻ってきたオルナダ様に、急用があることを伝える。部屋はどうするかと聞かれたので、走って講堂のある地区へ行き、シシィを連れて戻った。

「友人がいるのか。良いことだな。では案内しよう」
「よろしくお願いします!」
「ちょい待ち! その前にちょっとコイツと話してもよろしいですか?」

シシィはオルナダ様の返事を待たずに、僕のほっぺを引っ張って、エントランスの隅へ移動する。

「なんで私が、お前の使う部屋を選ばないといけなんだよ! テキトーに選べばそれで済む話だろうが!」
「どうしても行かないといけない用があるんだよ! でもオルナダ様をひとりにできないし。シシィは魔術も武術も、達人のエルフ並だって言ってたから、しばらく僕の代わりについててほしいんだ。お礼は絶対するからお願い! じゃ!」

僕は早口に捲し立てて、寮を飛び出し、走る。
三つ子の匂いは、意外と近い。バルト寮がある北の森の中、ここから東へ少しの場所だ。少しでも早く取り返すため、道を使わず、植物の間を突っ切る。
茂みをかき分ける音に紛れて、悲鳴が聞こえる気がした。

「言い訳があるなら言ってみろぉぉぉ!!」
「お、お許しください、ガーティレイさ……、ぐげっ……」

木々の向こう、開けた場所に三つ子の姿を見つけた。
三人のうちの一人が、ガーティレイに蹴飛ばされ、宙に浮いた。地面落ちて蹲る一人を、他の二人が助け起こす。もうやめてくれと懇願する二人を無視して、ガーティレイは尚も執拗に、一人を蹴り、踏みつける。
町にいた頃、あの三つ子の不幸を何度願ったか知れない。
でも実際にそれを目の当たりにすると、胸がすくどころか、胃もたれでも起こしたような、気持ちの悪さに襲われた。

「あの」

僕が茂みから出ていくと、ガーティレイと三つ子は驚いた様子で目を見開いた。
「今朝のヒューマー混じりか、雑種の分際で私に声をかけるとは、いい度胸だな」

ガーティレイは、僕の視線を遮るように、目の前に立つ。
僕は一度だけ深呼吸をして、ガーティレイの目を真っ直ぐ見据え、今朝の無礼を詫びて、三つ子に用があることを伝えた。

「連中は私の飼い犬だ。私が聞こう」
「……実は書庫から借りた本を無くしてしまったのですが、置いてあった場所に匂いがついていたので、なにか知らないかと思い、尋ねに参りました」

この人に下手なことを言えば、またオルナダ様に迷惑がかかってしまう。
僕は慎重に言葉を選び、用件を伝えた。
ガーティレイは「借り物を無くすとは感心せんな」と、鼻を鳴らし、「貴様ら、こいつの本を盗ったのか?」と、三つ子を振り返る。

「「「ひっ……。わ、私たちはただ……、本が無くなれば……、ご命令通りに邪魔を……」」」
「なるほど。本が無くなっては、書庫が迷惑するだろうと、親切で拾ってやったと言うわけだな」
「「「そ、そうです! その通りでございます!」」」

ガーティレイが言葉を遮り、大仰に尋ねると、三つ子は即座に同意する。
目的はわからないけれど、どうも三つ子はガーティレイの命令で動いたらしい。
僕がムカムカしつつ、返却を求めると、ガーティレイはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、「私の犬が、善意で、貴様の失態を、フォローしたのだぞ? 礼の品ひとつもあって然るべきだと思うがな?」と、見返りを要求してきた。
僕は仕方なく、寮から毛皮に包んだ肉を持ってきて、ガーティレイに差し出す。

「ふん。田舎のヒューマー混じりらしい代物だが、まぁ、酒のアテくらいにはなるだろう」

ガーティレイは三つ子に顎で指示をして、僕に本を返させる。
傷や汚れが無いか確認すると、ユミエールが貼ってくれた付箋がなくなっていて、僕は酷く落胆した。ユミエールの付箋で得られるはずだった知識は、隠し事がバレても飼い犬を続けられる可能性を、いくらか高めてくれたかもしれない、最後の命綱だったのに。
魔香酔い対策用の肉も、尻当てにしようと思っていた毛皮も盗られ、踏んだり蹴ったりの僕は、ふつふつと怒りが湧いて、つい、

「……さっきソイツを蹴ったのって、暴力行為ですよね」

と、言ってしまった。
三つ子を連れて帰ろうとしていたガーティレイの顔が、憤怒の表情に変わる。
項垂れた一人を二人で担ごうとしていた三つ子は、ぎょっ、として僕を見た。

「今朝、僕を退学にすると言っていましたが、これではあなたも退学では?」
「なんだ、貴様、この私を脅迫する気か? なにが望みだ? ん?」
「どういうことなのか、お尋ねしているだけです」

鼻が触れるほど詰め寄った、ガーティレイの問い掛けに、淡々と答える。
要求と取られかねない言葉は口にしない。僕のほうが立場が弱いとしても、脅迫になってしまう可能性がある。
ガーティレイは、僕が誘いに乗らないと見たようで、不満げに唇を尖らせて顔を離す。それから、良い事を思いついた、と言わんばかりに、ニタリと笑って、

「どうも勘違いしているようだが、これは暴力ではなく躾、教育だぞ」
「しつけ……」
「そうとも。飼い主には、飼い犬を躾ける義務がある。オルナダに教わっていないのか?」

と、得意げに僕を見下ろす。

「こいつらは私の言いつけを無視してサボっていたから、飼い主の義務として罰を与えていたのだ。オルナダは甘いようだが、私は厳しい。ただそれだけだ。こいつらもそれを承知の上で、私に飼われている。そうだろう、お前たち」

ガーティレイが振り返ると、三つ子たちは身を寄せ合い、震えながら何度も頷いた。
普段の、いじめっ子然とした態度は、見る影もない。
これは、オルナダ様の言っていた、対等や公正に反しているのではないか。そう思ったけれど、僕にはその正誤を判断できるだけの知識がない。
僕が黙っていると、ガーティレイは、「それにだな……」と、三つ子に歩み寄る。
怯える三つ子のうち、さっき蹴飛ばしていたヤツの頭を掴み上げ、僕の方へ向き直ると、バリッ、と音を立てて、服を剥ぎ取る。そして、真っ裸にされたソイツを、ゴミでも放るように僕の方へ投げてよこした。

「隠さずよく見てみろ。どこも破れていないし、骨も無事なはずだ。私は寛大だからな」

慌てて受け止め、脱いだ上着をかけていると、ガーティレイは嘲るように笑って言った。
宙にある間に見た、三つ子の一人の身体は、痣だらけだった。

「そういえば貴様、こいつらとは同郷らしいな。ヒューマーは酷く醜悪な種だからなぁ、雑種ということで、随分ひどい目に遭わされてきたのではないか?」

ガーティレイは、醜悪が服を着ているかと思うほど、嫌らしい笑みを浮かべ、勿体つけるようにゆっくりと歩み寄ってくる。
踏み出すごとに、「幸い躾は途中だ」、「お前に委託してやる」、「聞けば、お前は童貞らしいし」と、言葉を区切り、目の前までやってきて、

「こいつを練習台に使わせてやろう」

腕の中で震える人間を指差す。
僕が言葉の意味を理解するより早く、腕に感じる振動が激しくなった。
僕は振動の発生源を見ないよう、ガーティレイの目を見据えて、「合意がないのは違法のはずでは?」と、低い声で尋ねる。

「ぐははははは。なにを言う。主の命令だ。当然合意だとも。なぁ?」

ガーティレイが三つ子の一人の髪を掴み上ると、蚊の鳴くような声で、肯定の言葉が聞こえた。
僕は少し考えて、「そうですか、それでは……」と、ガーティレイに手を離させる。
三人のすすり泣く声を、ガーティレイの「これは観物だな。貴様ら酒をもってこい」という命令がかき消した。
震える身体を横たえ、僕は地面に片膝をついたまま、ガーティレイへ向き直る。

「ガーティレイ様、大変ありがたいお申し出なのですが、僕はまだ主にこういったことを許されておりません。また、このあと御用を賜っているので、お気持ちだけ頂戴したいと思います」

大嘘だけど、事情を話せばオルナダ様は、口裏を合わせてくれるはずだ。
軽い会釈だけをして立ち上がると、「顔で地面を拭かぬのか?」と、問い掛けられたので、「それも禁じられております」と、短く答えた。

「ご無礼は承知ですので、改めて肉でもお持ちさせていただきます」
「ふん。つまらんな。一頭丸ごとでもなければ納得せんぞ」
「承知いたしました」

熊一頭で話が付くと、ガーティレイは「うんとデカイのを獲ってこいよ」と、高笑いをし、三つ子を置いて、さっさと帰っていった。
その姿が見えなくなるまで見送り、僕もその場を離れる。
木の影から振り返ると、身を寄せ合って嘆く三つ子の姿が見えた。

ワンコちゃんと死亡フラグ(発言)

「よぉ、制服どうした?」

寮に戻ると、シシィがエントランスのティーテーブルで呑気にお茶を飲んでいた。
僕が「オルナダ様は?」と、尋ねると、「今忙しい」と、奥のテーブルで、緑色の光の円と話しているオルナダ様を指差す。

「お前の待遇とか色々を、専門家と相談するんだとさ。意外と良い人みたいで良かったな。……なぁ、なんか怒ってるか? 制服は?」
「…………三つ子にあげた」
「盗られたのか!? あのアホどもめ、ちょっと取り返してくるわ」
「良いんだ。盗られたわけじゃないから……」

立ち上がろうとするシシィを止めて、僕は向かい側の席へ座る。
話題を変えようとしたけど、シシィがしつこく説明を求めるので、僕は、三つ子が飼い主に虐待されているらしいことを知って、憤っているとだけ伝える。

「あいつらは嫌いだけどさ、あんなのは……。なんであんなヤツに飼われてるんだろう……」
「あー……。あいつらの家、新しい輸送ルートのために、オーガに取り入ろうとしてるからな。イラヴァールにいるのも、勉強のためってより、オーガの召使いをするためらしいし……。まぁ、売り飛ばされたみたいなもんだから、やめられないんだろ。オーガは戦時中の問題引き摺って、ヒューマーを死ぬほど嫌ってるってのにな……」
「なんだよ、それ。なんだよ……」

やり場のない熱が、手のひらに爪を食い込まさせる。
ぎちぎちに奥歯を噛み締めていると、いつの間にか隣に立っていたシシィが、僕の頭を抱きしめた。

「よしよし。お前は良いヤツだよ。あんな連中のために、頑張ったんだな」
「…………でも、さっきのは、僕のせいなんだ。余計なことを言ったから」
「虐待してんのはお前じゃないし、できることはやったんだろ。それで十分だって」
「…………うん」

僕はシシィを抱きしめたい衝動を抑えて、その肩に痛む目を押し当てる。

「なぁ。早く泣き止まないと、オルナダ様になんで泣いてるか聞かれるぞ」
「……泣いてないよ」

涙は出ていない。
だけど僕はまだしばらく、シシィの匂いを嗅いでいたくて、ぐりぐりと目元を押し付けた。

「お前たち、随分と仲が良いようだな」

ぱっ、と顔を上げると、オルナダ様が意外そうな顔をして、側に立っていた。
シシィが、「ははは。お互い、同年代の友達いないっすからね~」と、軽口を叩く。僕がいない間に、随分仲良くなったらしい。
なぜだかちょっぴり、面白くない気持ちになった。

「フューリ。シシィマールに聞いたが、お前、俺が暗殺されると思っているらしいな。そういうのはちゃんと話せ。俺はてっきり、魔香酔いで凶暴化する体質なのかと思ったぞ」
「す、すみません……。死亡フラグなんて、バカげた話を持ち出すのはどうかと思ったので……」

謝罪の言葉を伸べつつ、すぐ横にあるシシィの顔を睨む。
シシィは、「言ってなかったなんてビックリ」と、肩を竦めた。

「そう思うのも無理ないが、因果律を操る魔術は存在するぞ」
「ほらみろ」
「だが俺は権力闘争とはかなり縁遠いから、安心して良い。仮に狙われたとしても、返り討ちにしてやるしな」

”返り討ち”という言葉を口にした瞬間、エントランスの照明になっている魔術器が、オルナダ様の頭上に落ちてきた。
僕は咄嗟に、シシィを小脇に抱えた状態で、照明を受け止める。直径が僕の身長ほどもありそうな円形で、かなりの重量がある。無防備なところを直撃したら、怪我では済まないかもしれない。

「良い反射神経だな、フューリ。おかげで助かった。この寮もだいぶ老朽化が進んでるらしいな」

オルナダ様は呑気に言うが、僕には偶然とは思えない。

「あの、オルナダ様。これフラグのせいじゃないでしょうか?」
「まさか。ただの偶然だ」
「フューリ。私、逃げたい。下ろせ」
「あぁ、ごめん……」

僕はシシィと照明を、そっと床に下ろす。

「上手く受け止めたおかげで破損は無いようだな。取り付けて補強すれば、しばらく持つだろう。お前たち、ここは俺に任せて、講義に行っていいぞ」
「ちょ……」
「マズイ……!」

オルナダ様が魔力で持ち上げた照明が、中央に紫色の光を瞬か、膨張する。
慌ててオルナダ様とシシィを抱きかかえた僕が、だっ、と物陰に滑り込むと、ズドンという爆発音と共に弾けた。衝撃で剥がれた天井の一部が、僕の頭に落ちる。

「二人とも、怪我は……?」
「あぁ、なんともない」
「なんともないけど、一刻も早くここから出して」

二人の無事に胸を撫で下ろし、エントランスを振り返ると、正面の扉が大破していた。

「うーむ、立て続けにこれとはなぁ……」
「オルナダ様、さっきのワザとっすよね?」
「バレたか。確認がてら言ってみたくてな。だがおかげで、本当に狙われてるらしいとわかったぞ」
「ヒューマーは貧弱なんすから、勘弁してくださいよ……」
「二人はなんでそんな仲良くなってるの!?」
「お前の好みのタイプとか色々教わってな」「お前の好みのタイプとか色々教えててさ」
「なにをしゃべったの!?」

キレイにハモった二人に、僕は動揺したが、騒ぎを聞きつけた寮生や職員たちが集まってきたので、問い詰めることはできなかった。
オルナダ様は、どうやら暗殺の標的にされているらしいことを伝えて、手の空いている者は対策に手を貸してほしいと要請した。誰かが、具体的になにをするのかと尋ねると、オルナダ様は不穏な単語を口にした。

ワンコちゃんと死亡フラグ(パーティー)前編

翌早朝、僕らはキャンプ場が併設された湖へ来ていた。
竜が住んでいてもおかしくないほど、広大な湖の畔、街から外れた位置にあるキャンプ場は、周囲を森に囲まれ、鬱蒼としていた。開けた平らな土地がある他は、路銀に余裕のない冒険者や商人が宿泊する山小屋が点在するだけで、目新しい物は特に無い。

「よぅし、今日はパーティだ! ハメを外すぞ!」
「「「「「おーーーーー!」」」」」
「なんでこうなったんですか!?」

こんな場所だからこそ、大騒ぎにはうってつけと、オルナダ様や、招集されたイラヴァールの人たちは大はしゃぎしていたが、僕は心配で禿げ上がりそうになっていた。
湖に、キャンプ場に、パーティなんて、死亡フラグ界のケルベロスだ。そんな状況に、あえて飛び込むなんて、正気じゃない。僕はオルナダ様の、月に一度は必ず新聞を賑わせるゴシップスターとしてのパワーを、胃壁に感じていた。

「昼には客が来るからなー。急いで準備するぞー」
「オルナダ様! 聞いてますか? こんなの僕、危ないと思います!」
「心配するなフューリ。あらゆる分野の腕利きを集めてある。お前もいるし、怪我ひとつしないだろ」

オルナダ様はそう言うが、ここに到着するなり、獣やら怪物やら不審者やらが、尋常じゃない数発生している。つい先程も、医療チームが未知の病原体を発見したとかで、大騒ぎで駆除をしていた。
心配せずにはいられない。
納得がいかず、うんうんと唸っている僕に、オルナダ様は、「策があってのことだ」と、意図を説明してくれた。

「今回の騒動の発端は、王位争いにある。首謀者は当然、ジャザンを容易に動かせるだけの資金と力を持っている。成功するまでフラグの術は解かないだろうし、安全な場所に逃げるという行為もまたフラグになり得る。だから少々荒っぽいが、確実に止められる手段に出るしかないのさ」
「……どうするんです?」
「首謀者や暗殺対象になってそうなヤツを全員招待して、乱痴気騒ぎをする」
「まとめて殺られるヤツですよね!?」

僕は狼狽えるが、オルナダ様の目は輝いている。

「そんなことはないぞ。みんな強力な護衛を連れてくるから、バラけているより対処が容易い。首謀者が乗り込んでくれば、フラグは一度解除せざるを得ないしな」
「なるほど……」
「それに、皆殺しを狙って、尻尾を出す可能性もある」
「やっぱり危ないじゃないですか!」
「安全だとは言ってない! リスクを取る価値はあるという話だ。それに、パーティは楽しいしぞ。アンシーヌというエルフの飼い犬が、なかなかの粒ぞろいでな、俺はもう待ち遠しくてソワソワしてる。食事も嗜好品も大量に用意したし、お前も楽しむと良い」

この人は単に遊びたいだけなんじゃないだろうか。
そんな風に思ってしまうくらい、オルナダ様は楽しそうだった。
なにをどこに設置するか、食材はどう調理するか、各人員の休憩スケジュールをどう割り振るかなど、細かく指示を出して、会場の準備に勤しんでいる。
ここは僕がしっかりしなくては。
まずは酒など、感覚を麻痺させる物を口にしないよう注意が必要だ。それに、魔香酔い対策に、常になにかを食べていないといけない。魔力が高く、ポケットに入れておける食べ物を確保しておかないと。
僕はオルナダ様の側を離れないようにしつつ、荷物の運搬などを手伝いつつ、運ばれてくる食材をチラチラとチェックする。

「夜会用の食材が届いたら、屋敷に運んでしまいたいが、掃除の進み具合はどうだ?」

オルナダ様が空中に、緑色に光る円を作って呼びかけた。
到着するなり、森の中へ入っていった一団がいると思ったら、どうも森の奥にある使われていない屋敷の掃除を任されていたらしい。
緑の円は作業状況を伝えたあと、「探偵を名乗る者が止めてほしいと言っていますが……」と、不吉なことを言い出すので、僕は慌ててオルナダ様の口を塞ぎ、「地図でも渡して帰ってもらってください!」と、叫んだ。
粗方の準備が整い、太陽が真上に近づいた頃、ちらほらと招待客たちが集まりだした。
招待客は皆、田舎者の僕でさえ顔と名前を知っているような、この地方の有力者ばかり。僕はオルナダ様に連れられて、挨拶に同行しなければならず、客が増えるたび、魔香に鼻を突かれ、緊張に喉を締め付けられた。
オルナダ様が僕を、飼い犬だと紹介すると、客もその飼い犬や護衛も、みんな不思議そうな顔をする。それが当然の反応だと思っていたので、普通に笑顔で握手をしてくれる人に対しては、逆に僕のほうが不思議な顔をすることになった。総合的には、そういう人のほうが多かったことが、さらに僕を不思議な気持ちにさせた。
やがて招待客が揃うと、僕はオルナダ様と一緒に、翼竜の着陸地点を離れた。イラヴァールの人たちが設営したテント群のあった場所へ向かうと、各テントはそれぞれに飲食物を販売していて、市場のような賑わいを見せていた。
飲食物は、専用のチケットでしか買えないようになっていて、チケットはテント群の端にある発券所で、異常な高値で販売されていた。にもかかわらず、招待客たちは、チケットも飲食物も、値段が見えていないのかと思うほど、ぽんぽん購入している。
その光景に、僕は愕然となってしまった。

「どうした、フューリ。ほしい物でもあるのか」
「いえ、あまりの高さに驚いているだけです……」

僕がそう言うとオルナダ様は、「通常の四、五倍だものな」と、笑う。
僕はクラクラとしてけれど、今日の客は近隣諸国でも有数の有力者のため、このくらいの価格なら、むしろ安いくらいらしい。

「それにイラヴァールの連中には、チケットの綴を配ってあるからな。ちゃんと休憩時間に楽しめるようなってるぞ。お前にもいくらか渡しておこう」

オルナダ様は僕に綴を渡すと、「俺はやることがあるから、楽しんでこい」と、僕の腰のあたりを叩いた。
テント群を振り返ると、賑やかな雰囲気に心を惹かれる。けれど僕は、オルナダ様の側を離れるわけにはいかない。
近くにあったテント裏に捨てられた骨の山から、魔力の多そうな何本かを、口とポケットに突っ込んで、あとを追いかけた。
オルナダ様は長机に猟銃を並べたテントの前で、数人の護衛を連れたドワーフと話をしていた。
というより、ケンカを売っていた。

「こんな距離で的を外していて、狩猟派ドワーフ連のトップが務まるのか? ガスパッチョ」
「ふもーーー!! なにを言うかも!! 弾がまっすぐ飛ばないのが悪いんだも!!」
「だとしても五発も打って一発も当たらないというのはなぁ。俺なんかは的を見なくても当てられるぞぉ。ほれぇ」
「ズルだも! 魔力で操作してるに決まってるも!」

ガスパッチョと呼ばれたドワーフは、地団駄を踏んで怒っている。
むく犬のような毛むくじゃらの顔毛のせいで、表情はわからないけれど、尖った耳が真っ赤になっているところを見ると、相当頭にきているようだ。
ちょっと目を離した隙に、なにが起きたのか。これは止めたほうが良いのだろうか。
僕が悩んでオロオロとしていると、オルナダ様が手招きで僕を呼んで、「だったら俺の飼い犬にやらせてみようじゃないか」と、銃を渡された。
金属部分がほとんどない木製の銃は、機関部に術式が彫り込まれた魔動式で、サイズさえ合えば石でも弾として使えるタイプのものだった。言われるまま、球状の弾を銃身へ詰め込み、引き金を引く。
カチンと撃鉄の落ちる音がして、静かに弾が発射される。威力を制限してあるようで、弾に勢いがなく、弧を描くようにして、的の少し下に着弾した。

「ほれ、みるも! お前の飼い犬も外したも!」
「かなり左下に逸れますね」
「そうだろうも、そうだろうも~」

ガスパッチョは機嫌が直ったらしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
僕はほっとして、オルナダ様に銃を返そうとしたが、オルナダ様は、「次は当てられるだろう?」と、もう一発打つように促してくる。
確かに次からは当てられるだろうが、果たしてこの状況で当ててしまっていいものか。悩んだ僕は、当てては外して、残りの四発のうち二発だけを命中させた。
だけど、全弾外してしまったほうが良かったかもしれない。

「ほぉらな。五発も撃てば何発かは当たって当然だ」
「えっと……、でも僕は、その、狩人の家の生まれですから……」
「こいつが治めてる地方は殆どの者がそうだ。なのにトップがこれとはなぁ。いや実に実に嘆かわしい!」

フォローのつもりが、火に油となった。
結局、ガスパッチョはオルナダ様に、散々馬鹿にされ、カンカンになってどこかへ行ってしまった。

「フューリ。お前、全弾当てられたのにわざと外したな」
「いや、あの……。それより、今のなんです……?」
「見てわからなかったか? コケにしたつもりだったんだが……。ひょっとして、足りなかったか? よし、もう一回おちょくってくる」
「いやいやいやいやいや! やめてください! 仕返しされたらどうするんですか!」

たっ、と駆け出したオルナダ様を、通せんぼして止める。
理由を問い質すとオルナダ様は、首謀者の疑いがある者にケンカを売って回っているのだという。そうすることで、狙いを自分に向けさせ、招待客を守ると同時に、冷静さを失わせる作戦なのだそうだ。

「なんて危ないことを!」
「警備を徹底させてはいるが、客を危険に晒してることには変わりないからな。このくらいはやらんと」
「そんな……、もっと他の方法を考えませんか?」
「残念だが、これがベストだ。全力で負かして勝ち誇るのは楽しいしな。さ、次は人獅子のロッシーニだ。ボコボコにしてやるぞ!」
「楽しい方法、選んだだけですよね!?」

オルナダ様は僕の腕をすり抜けて、意気揚々とケンカ売りに走った。
相手は現国王と対立的なオーガや、政策によって不利な立場に追い込まれているエルフや獣人、賄賂などの手段が使えないホビットなど様々。投石、弓、釣り、泳ぎ、馬術、ボードゲーム、酒の銘柄当てなどなど、言葉巧みに勝負を持ちかけては、相手をけちょんけちょんに叩きのめしていった。
僕はオルナダ様を止めたかったけど、立場上そういうわけにもいかない。仕方なく、せめてやりすぎないようにと、冷や汗まみれで監視をし、相手が怒り出したところでオルナダ様を連れ出す。それを日が暮れるまで、十数回ほど繰り返した。

ワンコちゃんと死亡フラグ(パーティー)後編

「ふぅ。なんとか全員怒らせたな。これであとは待つだけだから、存分に夜会を楽しめる」

僕はすっかりヘトヘトで、ポケットの骨も食べ尽くして、少し酔っていたけど、オルナダ様はより一層はしゃいだ様子で、僕を衣装部屋へ引っ張って行った。
オルナダ様は裸になって、大きめの肉体洗浄用スライムに浸かり、上等そうな布のローブに着替える。
僕はなるべく直視しないよう、部屋の隅でそっぽを向いて立っていた。
オルナダ様に、「肌をひと目に晒してはいけない規則でもあるのか?」と、聞かれたけれど、そうではない。
裸を見せ合うのは、例のリストの中でも、かなり後半にある行為で、僕とオルナダ様の親密度をぐっと上げてしまう。親密度が上がって、「よし、次はセックスだな!」なんてことになっては、生えないことがバレてクビになる可能性がある。
せめてこの暗殺騒動にケリがつくまでは、僕は、そんな事態はなんとしても避けなくてはいけないのだ。
それに、オルナダ様の裸に、いやらしい視線を送らずにいられる自信もなかった。
僕はコソコソとスライムに浸かり、オルナダ様に渡された黒いスーツに着替える。給仕担当者ものと似ているけど、肩に派手な飾緒がついていて、区別ができるようになっている。

「じゃ、俺は俺で楽しむから、お前も俺に張り付いてないで、酒なり、食事なりを楽しめよ」
「あの、またケンカを売って回ったりしませんよね?」
「当っ然! そんなことしたらモテないからな! 早速何人か引っ掛けて乱交だ! いくぞ! おー!」
「え? ちょ、今なんて?」

意気揚々と飛び出していくオルナダ様を、慌てて追いかける。
ところが廊下に出ると、もう姿がない。どうも魔力で瞬間移動したらしかった。
そんなにも乱交が楽しみなのか。
なんか魔族って、思ってたよりずっとアレだな。なんて思いながら、僕はオルナダ様の匂いのほうへ走る。
夜会の会場の大広間には、すでに招待客たちが集結していて、濃厚な魔香が充満していた。
目眩を覚えた僕は、近くのテーブルから、手当り次第に料理を掴み上げ、口に入れる。なにを食べているのか、まったくわからなかったけど、どれも見た目が色鮮やかで、ほっぺたが痺れるくらいに美味しい。
だけど小さくて、魔力の補給には向かなそうだった。
僕は辺りを見回して、給仕担当が切り分け中だった牛の丸焼きの、切り分け前の部分を丸ごとテラスへ持っていき、骨も残らず貪り食った。味付け前のせいか、馴染みのある味に近かったけど、柔らかく口の中で溶けるような食感だった。僕の知る野生の牛より、だいぶ上品な牛なんだろう。
ちらりと大広間を振り返ると、さっき口にした以外にも、様々なご馳走が所狭しと並んでいる。きっと、お酒も上等な品を揃えてあるだろう。
後ろ髪を引かれる思いがしたけど、今はオルナダ様を見つけるのが先決だ。
僕は改めて、オルナダ様の匂いを探す。大広間を抜けた先から、オルナダ様の甘い魔香が香る。

「あ! オルナダのところの!」

まっすぐ大広間を突っ切ろうとすると、昼間挨拶をした招待客が、僕を呼び止めた。
無視するわけにもいかないので、お喋りに付き合うと、「ん? お前! オルナダの犬だな!」と、オルナダ様にけちょんけちょんに負かされた人獅子が、「やはり昼間のアレはズルだろう」と、詰め寄ってくる。他の客や、その飼い犬、護衛たちまで周りに集まりだし、僕はすっかり身動きが取れなくなってしまった。
その上、みんな好き勝手に喋りたいことを喋るものだから、聞き取れないし、相槌も打てない。
あうあうオロオロしていると、

「オルナダに飼われるってことは、ベッドじゃすごいってことでしょ? 私とどう?」

などという信じられない発言が、耳に飛び込んだ。
ぎょっと目を見開くと、周囲の人々も、言われてみればその通り、という顔をして、僕を誘いだす。
イラヴァールの外でもこんなだなんて、オルナダ様は一体どれだけ好色なんだろう。それとも魔族がそういうイメージだからなんだろうか? というか魔導圏の人たち、ノリが軽すぎやしませんか!
僕は大広間に響き渡る大声で、「申し訳ありません!」と、叫び、「主の元へ戻るところなので、失礼します」と、真上に跳び、天井を蹴って、空いたスペースに着地すると、一目散にオルナダ様のほうへと向かった。
廊下を抜けて屋敷の端にある大きな扉を開けると、中はやたらと湿気の多い小部屋で、奥に小さな扉があり、棚には大量のタオルやローブが積まれていた。土足禁止らしく、入り口でたくさんの履物が脱ぎ捨てられている。
仕方なく靴を脱いで、扉をくぐる。中は、蒸気が充満して暑く、視界も悪い。ローブを着た人間が数名、和やかに談笑している。僕には不快な空間だったので、暑い部屋の奥にある扉を開けて、急いでオルナダ様の匂いがしていたほうへと向かった。
幸い奥の扉の向こうは、カラリとして涼しい。ほっとして辺りを見ると、そこはどうやら庭らしく、中央にレンガで囲まれた池があり、泳いでいる人もいた。池の周りには、いくつか小さな屋台が立ち、巨大なソファが並べられいる。
ソファは身体の大きな大型獣人もゆったり座れるサイズで、何組かの獣人たちが、裸でグルーミングをしあっていた。オルナダ様の匂いは、人虎と人熊がじゃれ合っているソファの後ろから香る。
さっ、とソファを回り込んだ僕は、ボッ、と両手で顔を抑えるハメになった。

「おぉ、フューリ。混ざりにきたのか?」

吐息混じりに言うオルナダ様は、ローブの前をはだけさせ、ほとんど裸の状態だった。
ソファーで、細身のオーガに抱きかかえられるようにして座り、テーブルに乗せた足を人猫にマッサージさせている。そして、脚の間に顔を突っ込んだエルフの頭を、優しく撫ぜていた。
僕は顔を両手で覆ったまま、必死に首を振って、参加の意思がないことを示す。
オルナダ様は先ほどと変わらない調子で、「いつでも来ていいからな」と、僕に声をかけて、なにか、ちゅぱちゅぱと音を立て始め、時折吐息を漏らした。
うわー!! うわー!! うわー!! ぎゃー!! ひゃー!! ひょー!!
僕は頭の中で悲鳴を上げる。
なにをしているかは、わからないけれど、とてつもなくえっちなことに決まっている。
オルナダ様に危険が無いよう、側で見守っていたいけれど、これはだいぶキツい。
魔香酔い状態でもないのに、頭が沸騰しているみたいだし、お腹の中では管がジンジンと痛んでいる。ちゃんと生えてくる体質だったなら、とっくに下着の中で、にょきっ、となっていたはずだ。
僕はなるべく音が聞こえないように、頭の上の耳を両手で押さえつけ、固く目を閉じて、その場に正座する。
オルナダ様はそれを、行為を見学したい故の行動だと思ったらしく、「見たいのか見たくないのかどっちなんだ?」と、くすくす笑った。
僕にはまったくこれっぽっちもそういう意図はなかったのだけど、そんな風に言われると、ちょっとなら見てもいいような気がして、うっかり片目を薄目にしてしまう。
いつの間にか、四人は体勢を変えていて、オーガとエルフは位置を変わり、人猫はオルナダ様のお腹の上に乗っていた。オルナダ様は人猫を撫でながら、エルフと舌を絡ませ合って、オーガはちゅっちゅと音を立てて、オルナダ様の股ぐらに吸い付いている。
どんな風に吸っているのかは、オーガの身体に遮られて、見ることはできない。
ごくり、唾を飲み込んだ。
少しだけ座る位置を変えようと、腰を浮かせると、後ろから、ちょんちょんと肩を突かれた。

「ねぇ、余っちゃったなら、こっち来ない?」

振り向くと、ぶかぶかのローブを羽織ったホビットが立っていた。
その後ろからは、「あの子、オルナダ様に飼われた子だって」「えー? ほんとー?」なんて声を上げる半裸や裸の人々が続々集まって、僕に誘いをかけてくる。
目のやり場に困るし、返答にも困る。ぶわっ、と頭から汗が吹き出た。
だけど集まった人々は、「なんでローブに着替えなかったのー?」なんて言って、慌てふためく僕のシャツの裾をクイクイ引っ張る。

「おわわわわわっ、オ、オルナダ様! 僕、オルナダ様を見てないと!」
「んふふ~、そういうのが好きなの? オルナダ様~、この子、見てたいらしいんで、ここで盛っててもいいですかぁ?」
「ち、違っ! そういうことじゃなくって……」

これまでで一番強烈な誘いに、僕はもはや、困惑を通り越して、恐怖を感じていた。
尻もちをついて、ジリジリ後ずさるけど、みんなぐんぐんと迫ってくる。
オルナダ様が、「俺を見てるのは構わんが、ちゃんとソイツの同意を取ってから始めろよ」と、答えたおかげで、誰が良いかとか、どういう行為が好きかとかを問い詰められる程度で済んでいるけれど、それがなければ、強引に服を剥ぎ取られて、上に乗られているんじゃないかと思うほどの圧力が、その集団にはあった。

「こらこら、その子は異文化圏の子なんだから、そんなに強引に迫らないの」

半べそで顔を上げると、僕の後ろには、イラヴァールの書庫で会った、エルフのユミエールが立っていた。
ユミエールは集団を追い払い、「向こうなら静かに過ごせるから」と、隅のほうにあるバーカウンターを指差す。僕が渋ると、ユミエールは暗殺の件なら知っていると言って、「端の席からなら様子は見えるし、あのソファの周りは手練の大型獣人たちもいっぱいいるから大丈夫。私もあの近くで楽しむから、オルのことはちゃんと見ておくし」と、僕を説得した。
オルナダ様の友人がそう言うならと、僕はほっとしたような、情けないような、複雑な気持ちで、バーカウンターの端に座る。半円形のカウンターの反対端には、寮で僕を診てくれた人狼のリードリアンが座っていた。
僕に気付くと軽く手を上げて、隣に移動してくる。

「やぁ。災難だったみたいだね」
「ど、どうも……」

オルナダ様を見張りつつ、緊張気味に挨拶をした。
会話が途切れたので、慌てて話題を探した僕は、「ああいうのは魔導圏では普通なんですか?」と、恐る恐る聞いてみた。
リードリアンは、「私も魔導圏の出身じゃないけど」と、前置きをして話し始めた。

「確かに魔導圏生まれだとオープンな子が多い印象だよ。避妊や感染症防止の魔術が確立されてるし、教育や制度なんかも、ああいった交流をしやすいようにできてるからね」
「え……、まさか、魔導圏では子供のうちから、こういうことを?」

僕は嫌な想像をしてしまい、思わず真顔になる。

「いや。子供がするのは完全に禁止されてるよ。教育されるのは、身の守り方とか、相手を傷つけない方法とか、コミュニケーションの取り方とか、そういうのらしい。たぶん、ああいう派手な交流をしても安全だって信頼を、社会全体で作っているんだろうね。そうすると魔族が相手を調達しやすいし」
「危険を感じましたけど……」
「私もあのノリ苦手だからわかるよ。でもOKしない限りはなにも起きないから大丈夫。まぁ、君の場合は違うかもだけど……」
「……オルナダ様、ですか?」
「だねぇ……。一日三回は別々の相手と寝るし、あの通り、色んな相手と楽しむ。魔族には食事と同じだから、それは普通らしいけど、大抵、魔族の日常の食事は、たくさん囲った飼い犬なんだよね。だけどオルナダ様は、ずっと飼い犬を持たなくて……」
「…………他の人にも言われました……。なんか相当すごいなにかがあるんだろうって」
「あるの?」
「いいえ、まったく、心当たりないです……」
「そう。でも、きっとなにかあるよ」

リードリアンは穏やかに言って、僕に酒が入っていない飲み物を勧めてくれた。
チケット一枚と交換に、オレンジジュースを受け取り、ちびちび舐めるように口をつけた。グラス越しにオルナダ様の様子を眺めると、さっきまで絡み合っていた三人に手を降って、新たにエルフとダークエルフを迎え入れているところだった。
もしも身体に問題がなかったら、僕もさっきまでの三人や、今のエルフたちのように、オルナダ様と触れ合うんだろうか? それとも、すぐ近くで別の相手とそういうことをしつつ、オルナダ様を見ていることになるのかな?
そんなことを考えていると、リードリアンは思い出したように、魔香酔いの症状について尋ねてきた。僕が、アドバイスのおかげで、十分に食事を取っていれば問題ないことがわかったとを伝えると、今後も気になることがあったら、遠慮なく相談して良いと言ってくれた。
純血の人狼と思って緊張していたけど、このリードリアンという人は、温和な雰囲気だし親切そうだ。
魔族が全然イメージと違ったように、人狼も僕のイメージと実物は違うのかも知れない。

「私は人狼医療専門だから、ヒューマー特有の病気だと太刀打ちできないかもしれないけどね」
「いえ、僕、お医者さんに診てもらったことなかったので、すごいなって思いました」
「……そっか。ヒューマー圏は異種族への敵対心が強いって話だもんね」

僕の言葉に、リードリアンは、ふすぅ、と鼻から息を吐く。
単にこれまで病気をしたことがなく、医者の能力を初めて見た感想を言ったつもりだったので、僕は少し戸惑った。

「やっぱりヒューマー圏だと、混血ってことで苦労すること多いのかな?」
「え? まぁ、そうですね……。見つかると撃たれたりしますし、当たると母が町で暴れまくるので……」
「ん? 撃たれる?」
「はい、猟銃で。機械式なので死にはしませんでしたけど、小さい頃は出血することも多くて……。母に見つかると大変なので、血が目立たないよう、服を全部黒く染めようとしたんですけど、そのとき……」

僕は染料に炭を作ろうとして、灰を作ってしまった話をしようとした。けれど、リードリアンが頭痛を起こしたような様子で目元を抑えていたので、口を噤む。
そういえば、オルナダ様も町でのことを話したら、怒りだしてしまった。この話を魔導圏の人にするのは。やめたほうが良いのかもしれない。

「……ごめんよ、いくらヒューマーが残虐とはいえ、そこまで酷いとは思わなくてね」
「いえ……、こちらこそ、なんか、すみません……」

リードリアンはしばらく黙り込んでから、「人狼圏ならそんなことはなかっただろうに」と、息を吐く。

「人狼圏はヒューマーのことも公正に扱っているし、混血でもそこまで酷いことはされなかったはずだよ」
「はぁ……」
「私の故郷は比較的都会だから、他種獣人や、エルフなんかも住んでて、異種族に慣用だから、いつか遊びに行ってみると良いよ」
「そう、ですね……」

僕は母から聞かされた話を思い出し、曖昧に相槌を打つ。
僕の人狼のほうの母は、僕が生まれる前に、血縁者らしき人狼たちに連れ去られて、それきり戻って来ないと母は言っていた。人狼たちが、ヒューマーと生活していたことに酷く腹を立てて、母を殺しかねなかったため、黙って従うしかなかったらしい。人狼のほうの母は、決して自分を追いかけないことを誓わせて、母の元を去ったそうだ。
母が嘘を言うとは思えない。
僕は空気が淀んでいるような息苦しさを覚えて、オレンジジュースを一息に呷った。
そのとき、玄関の方角から、「オルナダのヤツはどこにいる!!」と、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。鼻に空気を取り込むと、匂いにも覚えがある。

「オ、オルナダ様! ガーティレイ様が……」

言いかけて、僕は思わず目を覆った。
オルナダ様へ駆け寄ったは良いが、オルナダ様はさっきのエルフとお楽しみの真っ最中。エルフと脚を交差させた股間が密着する体勢で寝そべって、もう一人のエルフを枕に、真っ裸でパイプを吹かしていた。
一瞬だけど、滑らかな肢体をバッチリ目にしてしまった僕は、その肌の白さや、胸を飾る突起の色が独りでに反芻して、ドギマギとしてしまう。

「あ、あの! ガーティレイ様が広間のほうで暴れているような声が……、って聞いてますか?」
「んぁー? 今イイトコなんだ。お前が行ってつまみ出してこい」
「つ、つまみ出すって、どうすれば……」
「オーガはケンカで負かせば言うことを聞く。決闘を挑んでボコボコにしてやれば良い。……あぁ、だが、あの熊みたいに食うんじゃないぞ」

オルナダ様はふにゃふにゃした声で、僕に指示をする。
しかし、先日の事件のこともあるのに、ボコボコになんて、できるはずもない。
僕はしばらくごにょごにょと他の方法を求めたが、オルナダ様はうっとりと目を閉じたまま、「お前に任せる」と、煙を吐き出すばかりで、別案を出してはくれなかった。

ワンコちゃんVSオーガ

仕方無しに無策で大広間へ戻ると、ガーティレイは給仕や警備の担当を捕まえては、オルナダ様の居場所を尋ね、誰か知ってる者はいないのか、と怒鳴っては地団駄を踏んでいた。
正直、相手をしたくない。
だけど、オルナダ様につまみ出してこいと言われている。なんとか宥めて帰ってもらわなくては。

「あのぉ……。ガーティレイ様、オルナダ様に御用でしょうか?」
「あぁ? なんだ、雑種か。貴様に用はない、オルナダを出せ」
「えぇと、オルナダ様は取り込み中ですので、ご用件を伺えましたら、お伝えいたしますが……」
「貴様に用はないと言うのが聞こえんのか? 黙ってここへ連れて来い」

ガーティレイは高圧的な態度で、僕を見下ろす。
なにを言っても帰りそうもない。きっと用件も話さないだろう。
かといって、力づくで追い出そうして暴れられたら、招待客や給仕担当者が怪我をするかもしれない。

「ではご案内いたします。外から回りますので、こちらへ」

考えた末、僕はガーティレイを外に連れ出すことにした。
ボコボコにするのはマズイけれど、僕がボコボコになる分には問題ない。多少の怪我なら魔力を取れば回復できるし、大広間にはたくさん食べ物がある。少し暴れてスッキリしたら、大人しく帰ってくれる可能性も上がるだろう。
そう考えたのだけれど、ガーティレイは折れるということをしない人らしい。

「私は連れて来いと言っている。耳が悪いのか? それとも頭か? 雑種だから両方かもしれんな。もう一度だけ言ってやろう。オルナダのヤツを、いますぐ、ここへ、呼んで来い」

鼻が触れ合うほど、顔を近づけて僕を睨む。
僕が目を逸らさないでいると、ガーティレイは面白くなさそうに上体を起こし、「三分間待ってやる」と、腕組みをする。一歩も動く気はないようだ。
僕が一体どうしたものかと頭を抱えたとき、ふ、と甘い香りが鼻をくすぐった。

「俺になんの用だ、ガーティレイ」

声より早く振り返ると、ローブを羽織ったオルナダ様が、大変に面倒くさそうな顔をして、大広間に入ってきた。
僕はパッと目を閉じて、オルナダ様に駆け寄ると、「ひ、紐! 結びますね!」と、返事も待たずにローブの前を閉めて、腰紐を締めた。

「つまみ出せと言ったろう」
「す、すみません……」

呆れたように息を吐くオルナダ様の横で、僕はしゅんと背中を丸めた。
でも、これでガーティレイへの対応は、オルナダ様に任せられる。
僕は少しほっとして、姿勢を正し、オルナダ様へ歩み寄るガーティレイをまっすぐ見据える。ガーティレイはのしのしと目の前までやってきて、「ようやくお出ましか」と、腰に手を当てた。
オルナダ様はどうやってこの状況を収めるのだろう。僕はじっと成り行きを見守る。

「なんでもいいが、さっさと帰れ。俺は忙しいんだ」
「はんっ。どうせ乱交だろうが」
「”大”乱交だ! お前、俺がどれだけ楽しみにしていたと思ってるんだ! これ以上居座るなら、力づくでつまみ出すぞ! こいつが」

ん?
僕は嫌な予感をいだきつつ、目だけをオルナダ様へ向ける。
オルナダ様の親指が僕を指していて、ガーティレイはたっぷりと時間を掛けて、その指が指す方向へ、顔と視線を持っていく。つまり、僕の方へ。
憤怒の表情だった。

「どこまで私を愚弄するつもりだあああああ!!」

咆哮が響き渡り、館が震え、大広間の天井が崩れ落ちた。
ガーティレイが怒りに任せて振り上げた斧の向こう、身の丈ほどもある鉤爪が、天井を引き裂いていく。オルナダ様を抱え、斬撃を交わしつつ見上げると、亀裂の隙間から、黒い鱗に覆われた翼竜が、牙を鳴らす様が見える。空を覆い隠すほど、巨大な翼を羽ばたかせて、ズシン、という音と共に、目の前に降り立った。
パーティに乱交なんて、特大の死亡フラグを立てたから、降りかかる災難も特大サイズになったのか。それとも、ガーティレイがここにいる招待客たちを一網打尽にする気で連れてきたのか。だとしたらガーティレイは、暗殺者としては仕事が雑すぎる。
驚きつつも呆れた僕の耳には、広間の混乱と、避難を促す警備の声が聞こえた。

「オルナダ様! 僕らも外へ!」
「いいや、それよりあいつをぶちのめしてこい」

オルナダ様は裏庭へ向かおうとした僕のほっぺたを引っ張って、ガーティレイのほうへ向かせた。
ガーティレイは床から斧を引き抜いて担ぎ、猛烈な怒り、いや、殺意を立ち上らせて、こっちへ近づいて来る。暴れる翼竜や、次々と避難していく招待客たちには目もくれず、ギラギラと僕を睨みつける。
たとえ逃げても、地の果てまででも追ってくるだろう。

「オルナダ……。貴様、本気でその雑種が、私の相手になると思っているわけじゃあるまいな?」
「思っているとも。こいつは魔装の使い手だぞ」
「なっ……、バカな、魔装だと……!?」
「バカなものか。見せてやれ、フューリ」

オルナダ様は僕に抱かれたまま、顎をしゃくる。

「え……? いや、でも……」
「早くしろ。そして久々の大乱交をぶち壊された俺のムカつきを、ヤツの身体に叩き込んでこい。食っても構わん」
「えぇぇ……」
「えぇぇ、とはなんだ」
「い、いや、その……、だって、翼竜が……」
「俺は魔力で身を守ってるから踏み潰されても平気だ。さっさと行け」
「え、べつに……。じゃあ、行ってきます……」

オルナダ様があまりにも不機嫌そうに僕を睨むので、仕方なく抱いていた身体を下ろして、一歩前に出る。
警戒したガーティレイが、じりりと後ずさって、斧を握り直した。
魔装というのは、それほど強力な能力なんだろう。
僕は見せただけで引き下がってくれることを願って、両手に魔力を集中させる。両指の先に指と同じくらいの長さの、青白い魔力の爪を作り出す。できるだけ強そうなポーズを取って、ガーティレイに向き合う。
周囲では招待客が連れてきた護衛たちが、襲い来る翼竜に攻撃を仕掛け、瓦礫や流れ弾が飛び交っていて、恐ろしく気が散る。だけど今はガーティレイから目を離すわけにはいかない。
ガーティレイは僕の出方を見ているようで、じっと動かなかった。
魔装は魔力の消費量が大きい。同時に十本も爪を作った僕は、すぐに魔香酔いの症状が出てきてしまった。
このままただ睨み合っているのはまずい。
僕はガーティレイに飛びかかり、その頭目掛けて爪を振り下ろす。
ガードしてくれれば、斧を破壊できる。あとは腕を切り落とさないよう加減をして、軽く引っ掻けば、怯むはず。そう思った。
思惑は外れた。
ガーティレイは斧の側面で、虫でも叩き落とすように、僕を殴りつけた。
瓦礫と埃の散らばる床を転がり、起き上がると、ガーティレイは目を見開いて、

「なにが魔装だ、こんなチンケな技で、この私をどうにかできると思うのか、オルナダあああ!!」

と、オルナダ様へ突進していく。
僕は床を蹴り、ガーティレイの腰に体当たりを見舞う。ガーティレイが少し体勢を崩したが、踏ん張り、僕の襟首を掴んで、まだ残っている壁に向かって投げ飛ばした。
壁に足を付くと、今度は斧が飛んでくる。慌てて壁を蹴ると、空中で待ち構えていたガーティレイの脛が、脇腹にめり込んだ。
僕はオルナダ様の目の前の床に落下する。胸の内側の臓器がビリビリと痛んで、息が苦しい。

「フューリ、指先に集中させる必要はない。コントロールを手放して、ざっくり全身に展開するんだ」

オルナダ様はそう言って、起き上がる僕の肩に手を置くけれど、やり方がわからない。
考える間もなく、ガーティレイは次の攻撃を繰り出してくるし、翼竜の吐き出す光線や、護衛たちの放つ攻撃が、頭上を掠めていく。
僕はオルナダ様を庇いつつ、それらを躱そうとしたけど、逆にオルナダ様の魔力に守られる。オルナダ様は攻撃を弾き返し、僕と一緒に宙を浮いて、すっ、と攻撃が届かないところまで移動した。

「全身が無理なら、拳だけとか、部分的にで良いから、とにかくざっくり展開するんだ。そうすれば防御にも使える」
「そ、そう言われても……」

挑戦してみるが、やっぱり小さな爪ができるだけで、ちっとも全体には広がらない。
ガーティレイが投げつけてくる、壁や屋根の残骸を切り裂くのが精一杯だ。魔力はみるみる消費されて、頭がくらくらしてくる。
ついに爪も出せなくなって、僕は飛んでくる瓦礫をパンチで砕くしかなくなっていった。

「よし、それで良い。行け」

僕は言われた意味がわからず、オルナダ様を見る。
オルナダ様はまっすぐにガーティレイのほうを見据えている。
焦点が合わなくなってきた目を自分の両手に向けると、指先から前腕の半分くらいまでが、薄い光に覆われていた。
酔ってコントロールが、ふにゃふにゃになったせいだろう。
こんなので太刀打ちできるとは思えないけれど、行けと言われたから行ってこよう。
僕はぼやけたガーティレイの前まで跳んで、まっすぐ拳を突き出した。
ガーティレイはさっきと同じように、僕をふっ飛ばそうと斧を振るう。僕がそれを裏拳で弾こうとすると、斧はガラスのように砕けてしまった。ガーティレイは、ぎょっ、と目を見開いた。
あぁ、これなら入る。
一直線に顎を蹴り上げると、ガーティレイの身体が宙に浮いた。
だけど流石はオーガというべきか、わずかに蹌踉めいただけで、倒れはしない。
ガーティレイは一発入れられたことが、信じられないという様子で、肩と唇をわなわなと震わせる。
この隙にもう一発入れて、気絶させたほうが良い。
僕は素早く背後に回り込み、後頭部に手刀を叩き込もうとした。
そのとき、

「ガーティレイ様!」

誰かが叫んで、ガーティレイが我に返る。
僕の手刀を躱し、身体を捻って、脇腹に蹴りを入れてくる。
カードはしたものの、空中にいた僕は、吹っ飛ばされて、床を転がる。
体勢を立て直し顔を上げると、ガーティレイの後ろに、あの三つ子が並んで立っていた。
あいつら、こんなところでなにをしているんだ。あの翼竜が見えないのか。
僕は焦って辺りを見回す。
ぼやけた翼竜が、少し離れたところで暴れている。離れているといっても、翼竜の身体ならほんの十数歩の距離だ。危険、極まりない。
それなのにガーティレイは平然と、「援護しろ、貴様ら」と、三つ子に僕を攻撃するよう指示を出す。

「え、で、でも……」「すごい大きい竜が……」「逃げたほうが……」
「さっさとしろ! また躾られたいか!?」
「「「わ、わかりました!!」」」

意見を無視された三つ子は、僕に向けて、呪文が彫り込まれた棒を構える。魔力を込められた棒の先から、氷の刃が放たれ、僕のほうへ飛んでくる。
平手で叩き落とすと、刃に続いて跳んできたガーティレイが、すぐ目の前で拳を振り上げていた。
避けられず、額で受けると、身体が後ろに跳んだ。ぼやけた視界に、チカチカと星が散る。
頭を振って星を払うと、口を歪ませたガーティレイが、「石頭め」と、憎々しげに手を振っていた。その後ろで、護衛たちに追い詰められた翼竜が、激しく尻尾を振り回し暴れる。尻尾の先が、三つ子のほうへと振り下ろされる。
咄嗟に尻尾と三つ子の間に入り、両手で尻尾を弾いて軌道を変えると、ガラ空きになった腹部に、ガーティレイの拳が深々と突き刺さる。

「ふん! 思い知ったか、雑種!」

僕は反射的にガーティレイの腕を蹴り、距離を取る。
けれど受けたダメージは大きく、片膝をついてしまった。
鈍い痛みが迫り上がり、呼吸は完全に止まって、喉が独りでにえずく。魔装が切れていたらしく、腕も上がらなくなっている。
せめて状況把握だけは怠らないようにと顔を上げるけれど、視界は完全に歪んでいた。
もうガーティレイの相手をする力は残っていない。オルナダ様を連れて、ここから逃げないと。
そう考えたとき、目の前が暗くなり、唇に柔らかいものが触れた。
上下の唇の間から口内へ、甘い香りの液体が流れ込んでくる。
思わず飲み込むと、お腹から全身へ、染み渡るように魔力が広がる。徐々に頭がスッキリして、身体の痛みも和らいでいく。

「オ、オルナダ!? き、貴様、なにを……!?」
「お前がいじめるから魔力の補給をな。フューリ、動けるか?」

オルナダ様は僕を見つめて、髪を優しく撫でてくれた。
魔力の補給ということは、なにか食べ物をくれたのだろうか、と思うけれど、オルナダ様はなにも持っていないし、液体が入るような器もない。
ということは、さっきのは、つまり……。

「っぅお、オルナダあああああぁぁぁぁぁッッッ!!」

ぶわわっと、熱が込み上げるのと同時に、ガーティレイが吠える。
猪のように、オルナダ様へ突進する。速いが、隙だらけだった。
これならダメージを負っていても当てられる。
僕は素早くオルナダ様を背中に隠し、突っ込んでくるガーティレイの鼻めがけて拳を突き出す。
ガーティレイが僕の拳に激突する瞬間、なぜか辺りが闇に包まれた。

 

<続く>

 


自分用のズリネタに書いてた話を、しっかり構成して書き直しているお話です。
プロトタイプ版もありますのでそちらも併せてお楽しみいただけたらなと思います。
18禁創作百合エロ小説【プロトタイプ】ビッチ貴族×平民童貞なファンタジー系(ハイエナ)

ハイエナについてはこちらを参照してください。
ハイエナ設定解説

 

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